Lesson16 


第17回保団連医療研究集会
「医科・歯科隣接医学〜歯周病を見直す〜」

シンポジウムV
神奈川県厚木市 安藤歯科医院院長
           安藤 富夫氏




歯周病の最大の危険因子は喫煙であると勤務医の頃から考えていた。開業してからまず医院全体を禁煙にした。待合室に禁煙を呼びかけるポスターを貼り患者に協力を求めたが、苦情などはなかった。当然のことながら当院のスタッフに喫煙者はいない。歯周治療に携わる人間が喫煙者だと、どこまで本気に取り組んでいるのかと私は考える。歯周治療によって生活習慣を改善すること、特にタバコを止めなければ決して良い結果は得られない。ではどれだけ差が出るのか、タバコを吸い続けた方と禁煙した方との10年以上の経過を観察することが出来たので報告する。

(ケース1)初診時49歳の男性、現在は60歳。タバコを1日60本吸い、缶コーヒーを毎日飲んでいると話していた。半年かけて欠損補綴治療を終え、患者には「タバコをやめないと治療予後が悪くなる」と禁煙を勧めたが受け入れてもらえなかった。結果、10年後には歯が急速になくなり、残存歯は3本のみとなった。また義歯はタバコのヤニで汚れている状態であった。しかし患者からは「これでも良く噛めるからいい」と、全く反省の色が伺えなかった。私たちは歯に対する価値観の違いにショックを受けた。

(ケース2)初診時45歳の男性、現在は55歳。当時はタバコを1日30本吸っていた。私たちは「いま残っている歯を全て残して良く噛めるようになりたいと考えるのであれば、タバコをやめませんか」と問いかけたところ、禁煙を決意してくれた。担当した歯科衛生士の励ましや患者自身の努力によって、10年後の現在では、歯肉の色調、歯の動揺、歯槽骨の状態など劇的な回復が見られた。後から患者に聞いた話では、当院での治療終了後に胃癌が見つかり手術を受けたとのこと。今のところ再発はなく、全身の健康状態は良好であるようだ。タバコをやめ、生活習慣を見直し、歯周病を治そうと努力したことにより免疫力が高まったと考えられる。禁煙することがどれだけ大切なことか、この症例で改めて学んだ。

(ケース3)初診時34歳の男性、現在は48歳。年齢のわりに歯周病が進行していたので、全顎的な治療が終了するまでに1年4ヵ月もの期間を費やした。当時はタバコを1日に40本吸っていたので禁煙を勧めると、「タバコはやめられない」と言われてしまった。それからわずか12年で骨吸収が著しく、前歯部が脱落してしまった。抜けてしまった歯を見た患者は禁煙することを決意。禁煙して3ヵ月後には歯肉の色調が回復し、血流が明らかに良くなっていることが分かった。

(ケース4)このケースでは同じ年齢の男性2人(喫煙者と非喫煙者)の13年後を比較した。非喫煙者の初診時と13年後の骨の状態は全く変わらないが、喫煙者は骨の吸収が著しく、前歯部に隙間が出来ている。また歯肉の色調で比較すると、非喫煙者より喫煙者のほうが歯肉のメラニン色素の沈着が著名である。

別の症例で喫煙者と非喫煙者を比較すると、非喫煙者の歯肉は細菌と戦おうと免疫反応が起こり歯肉炎に罹っている。一方、喫煙者は良くブラッシングが出来ているせいか、歯肉に炎症は見られないが歯槽骨は破壊されている。これは毛細血管の収縮により血流が悪くなり、歯肉に炎症を起こす力がなくなったものと考えられる。免疫力が低下すれば、歯周組織に限らず、全身的にも病気を引き起こしやすくなるだろう。「タバコ病」とでも言うべきか。

「加齢と共に歯が悪くなる」ということは誤りであり、タバコを吸わずに健康的な生活習慣を続ければ、一生涯自分の歯で生活することは可能である。私たち歯科医師は喫煙者に対してタバコの害についての充分な情報を提供し、ブラッシング指導と同様に禁煙指導を行っていくべきだと考える。自院で禁煙指導を行ううちに、禁煙を強制するのではなく「禁煙するとこれだけ良い結果が出る」ということをさり気なく伝えていくことが、患者に禁煙を勧めるうえで非常に効果的であると分かった。また、今年の2月より自院で作成したパンフレット「タバコと健康〜あなたはどちらを選びますか〜」を患者に無料で配布するようになってからは禁煙する方が非常に増えてきている。「タバコをやめなければ歯周病は治らない」ということが、私たち医療スタッフと患者さんの常識になることを切望する。

2003.2.5 神奈川県保険医新聞