Lesson23 


年9万人の予防可能

たばこは健康に良くない。それでもかつては、たばこをやめずに別の方法で肺がんを予防しようとする試みがあった。

フィンランドと米国で、喫煙者を対象にベータ・カロテンでたばこの害を打ち消すことができるかどうか調べる臨床試験が実施された。ベータ・カロテンの錠剤を飲んでもらったグループは、プラセボ(偽薬)を補給したグループより、肺がんが減るどころかかえって増えてしまった。脂肪リスクも高くなるという、予想外の結果に終わった。1990年代半ばのことだ。

たばこの害が及ぶ範囲は広く深刻であることが、約70年にわたる疫学研究で次第に明らかになった。最初、研究者らは肺がんの原因は大気汚染に違いないと思いながら研究を始めたという。たばことの関係の強さに驚きあわててたばこをやめたそうだ。

われわれの研究でも、たばことがんの関係を調べている。対象者は全国各地の40−69歳の男女約10万人。

調査開始時に「たばこを吸ったことがない」「吸っていたがやめた」「吸っている」の3グループに分けた。喫煙者の割合は、男性だと半数以上、女性で6%だった。

その後約10年のがんの発生を追跡し、たばこを吸うと答えたグループの発がんリスクが、吸ったことがないグループの何倍になるかを算出した。肺がんについては男性で4.5倍、女性で4.2倍、胃がんは男性で1.7倍、大腸がんは男女とも1.4倍、乳がんは1.9倍だった。

がん全体の発生リスクを調べると、男性でたばこを吸うグループでは、吸ったことがないグループに対し1.6倍、吸っていたけれどもやめたグループでは1.4倍となる。

日本全体の統計データから毎年がんと診断される男性の数を28万人とすると、もしたばこを吸っていなければがんにならなかった男性は、約8万人という計算になる。女性は、約8千人。がんにとってこれほど影響の大きい環境因子は他に考えられない。
(国立がんセンター予防研究部長  津金 昌一郎)

日本経済新聞 2005.5.8