心の余裕?みんなそれなりに大変 香山リカのココロの万華鏡

香山リカのココロの万華鏡:みんなそれなりに大変/東京
 
  「私だけじゃない」と「私だけ」。このふたつは、ずいぶん違う。

 「私だけじゃない」のほうは、被災地で何度も聞いた。

 「たいへんですね」と声をかけたとき、何人もの被災者が「いえ、自分だけじゃないですから」「もっとつらい思いをされている人もいます」とこたえてくれたのだ。その人たちは、「私だけじゃない」と思うことで自らが直面している困難に耐え、悲しみを抑えようとしているようだった。

 「無理しないで」と思いながらも、その姿に人間の強さと気高さを感じた。

 「私だけ」のほうは、診察室でうつ病などをわずらう人の口からときどき聞く。「夏休みももう終わりらしく、週末に外出すると駅は楽しそうな家族連ればかりでした。ひとりで暗い顔をして歩いているのは、私だけだったのです」

 本当は、そんなことはないはずだ。いくら休日でも仕事に向かう人もいれば、体調が悪くてしんどそうに歩く人だっているだろう。しかし、うつ病などになって“心の目”がゆがんでしまうと、本当に「私以外はみな楽しそう」と見えてくる。そして、ますます「どうして私だけがこんな目に」と落ち込み、「元気になりたい」という気力もなくなってしまう。

 同じような困難が目の前にあるとき、「つらいのは私だけじゃない」と自分に言い聞かせるのと、「こんなにひどい目にあっているのは私だけ」と思うのとでは、どちらがより立ち向かう力になるか。それは言うまでもないだろう。

 では、“心の目”がゆがみ、まわりを見て「ここにいる人のうち私だけが不幸」と思ったときには、どうすればよいのだろう。まずはちょっと立ち止まり深呼吸して、もう一度、ゆっくりまわりを見わたしてみることだ。そうすると、先ほどは見ないようにしていた人も目に入ってくる。自分と同じようにひとりぼっちの人、仕事に追い立てられているような人、家族連れでも険悪なムードを漂わせている人たちもいるだろう。

 「自分以外はみな幸せ」などというのは、勝手に作り上げた空想にしかすぎないことに気づくと、「みんなそれなりにたいへんなんだ」と思えるはずだ。

 あなただけじゃない。この時代、多くの人が、目に見える形でも心に秘めていたとしても、さまざまな苦しみや悩みを抱えながら生きている。それでも少しでもいいことがあれば、にっこり笑って「みんないっしょですから」とつぶやけば、つらさは少し、減るのではないだろうか。

 

2011年8月30日 提供:毎日新聞社