ガン:前立腺がんの発症に関わる4つの遺伝子多型を新たに発見、
前立腺癌リスク、SNPで1.2倍に

 

前立腺癌リスク、SNPで1.2倍に SNPの1つは
ビタミンK依存性酵素GGCX遺伝子に関連

2012年2月28日 理化学研究所 カテゴリ: 腎・泌尿器疾患・癌・その他

 理化学研究所は2月27日、日本人と日系米国人を対象に前立腺癌に関連する一塩基多型(SNP)を解析し、新たに4つのSNPを発見したと報告した。このSNPを1つ持つごとに前立腺癌の発症リスクが1.15倍から1.2倍に上昇。また、SNPの1つはビタミンKを補酵素とする酵素GGCX(γ-カルボキシラーゼ)の発現に関わる遺伝子の一部だった。

 ゲノム医科学研究センターバイオマーカー探索・開発チームの中川英刀氏、京都大学や東京慈恵会医科大学など国内大学、南カリフォルニア大学、ハワイ大学といった米国の大学などで構成された国際共同研究グループによる成果である。

 研究グループは、2010年に1万3385人の日本人でゲノムワイドSNP関連解析を行い、前立腺癌と関連の強い5つのSNPを見出していた。今回、さらに日本人(前立腺癌罹患者数1524人、対照群1961人)および米国在住の日系人(1033人、1042人)を対象に加えて同様の解析を実行。新たに4つのSNPを発見した。

 米国在住の日系人を対象に加えたのは、環境因子の影響を確認するため。この4つのSNPのうち、GGCX遺伝子にある1つのSNPについては、米国在住の日系人では前立腺癌との関連が証明できなかった。GGCXはビタミンK依存性に前立腺癌の増殖を抑制する。日本在住の日本人との食生活などの差異によるものと考えられる。

 これまで、前立腺癌の発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見され、前立腺癌の発症には遺伝的要因が深くかかわると分かっている。研究グループは、今回発見したものを含めた20個から30個のSNPと環境要因を組み合わせることで、日本人の前立腺癌の発症リスク評価や予防法の研究、開発が進展すると見ている。

2012年2月28日 提供:独立行政法人 理化学研究所
                      

前立腺がんの発症に関わる4つの遺伝子多型を新たに発見

−日本人・日系人の前立腺がんをゲノムワイドで
遺伝子多型(SNP)関連解析−

平成24年2月27日

独立行政法人 理化学研究所

◇ポイント◇
日本人と日系米国人の罹患(りかん)者7,141人と対照群11,804人が対象
4つのSNPによる日本人の前立腺がんの発症リスクは1.15〜1.2倍
1つは、前立腺がん細胞増殖を抑制するビタミンK依存性酵素GGCXの発現に関与

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、文部科学省が推進するオーダーメイド医療実現化プロジェクト※1(久保充明プロジェクトリーダー)で実施した遺伝子の解析結果から、日本人の前立腺がんと関連がある新たな4つの一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)※2を発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(久保充明センター長代行)バイオマーカー探索・開発チームの中川英刀チームリーダーと、京都大学医学研究科泌尿器科学教室の小川修教授、赤松秀輔医師、秋田大学大学院腎泌尿器科学講座の羽淵友則教授、東京慈恵会医科大学泌尿器科学講座の頴川晋教授、岩手医科大学医学部泌尿器科学教室の藤岡知昭教授、東京大学医科学研究所の中村祐輔教授、および米国の南カリフォルニア大学、ハワイ大学などの国際共同研究グループによる成果です。

前立腺がんは世界で最も発症頻度の高いがんの1つです。日本でも食生活の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増加しています。これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見されてきたことから、前立腺がんの発症には遺伝的要因が深く関わり、また人種による差も大きいことが分かっています。

2010年に理研と東大を中心とした研究チームは、日本人を対象にゲノムワイドSNP関連解析※3を実施し、5つのSNPが日本人における前立腺がん発症と強い関連があることを発見しました。今回、国際共同研究グループは、さらに多くの日本人および米国カリフォルニアやハワイ在住の日系人(合計7,141人の前立腺がん罹患者群と11,804人の対照群)のサンプルを集めてゲノムワイドSNP関連解析を行い、新たに4つのSNPが日本人の前立腺がんと強く関連し、このSNPを持たない人に比べ発症リスクが1.15〜1.2倍に高まることを見いだしました。そのうちの1つは、ビタミンK依存的に働く酵素のGGCX(γ-カルボキシラーゼ)※4の発現に関わり、GGCXはビタミンKの助けを得ながら前立腺がん細胞の増殖を抑制することが分かりました。これらの結果は、前立腺の発がんには、遺伝的要因とビタミンKなどの食生活(環境要因)とが複雑に関わることを示唆しており、今後日本人の前立腺がんの発症リスク評価や予防法の開発に貢献するものと期待できます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月26日付け:日本時間2月27日)に掲載されます。

1.背景

前立腺がんは世界で最も発症頻度の高いがんの1つで、一般的に欧米人に多くアジア人には少ないがんと考えられてきました。しかし、日本でも、食生活など生活習慣の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増えてきています。日本における前立腺がんの年齢調整罹患率※5の年次変化で、前立腺がんは、1975年は10万人あたり7.1人と低い状況でしたが、1998年には同21.7人と約3倍に増加しています。また、2020年には罹患者数が8万人に近くになり、肺がんに次いで男性のがんで2番目に多くなると予測されています。さらに、2008年の前立腺がんの死亡者数は約1万人ですが、罹患者数の急増に伴い、2020年には2万人を超えるという予測もされています(出典:がん統計白書2004)。

前立腺がんの治療法には、男性ホルモンを抑制するホルモン療法、放射線療法、手術療法などがあり、これらの治療が有効なため他のがんに比べて治癒の可能性が高いがんとして知られています。しかし、高齢者の多くが症状のない超早期の前立腺がんにかかっているとの報告があり、また従来の診断によく使用されるPSA検診※6は治療が必要な前立腺がん検出の特異性が低く、医療経済的な面などで是非が問われるなど、前立腺がんの発症リスク評価や診断にはさまざまな問題があります。さらには前立腺がん患者の多い欧米では、男性ホルモンの産出を抑制する薬など新たな予防方法も検討されています。

前立腺がんの危険因子として、人種(アフリカ人>欧米人>アジア人の順に多いことが知られている)、食生活、体内のホルモン環境、加齢などが挙げられていますが、特定の危険因子は分かっていません。しかし、日本や欧米での研究で、これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見され、前立腺がんの発症には遺伝的要因が深く関わっていることが明らかになってきています。

2.研究手法と成果

2010年に理研と東大を中心とした研究チームは、日本人における前立腺がんの関連遺伝子を見いだすため、オーダーメイド医療実現化プロジェクトで収集した合計4,584人の前立腺がん罹患者群と8,801人の対照群について、ゲノム医科学研究センターの高速大量タイピングシステム※7を使って約50万個のゲノムワイドSNP関連解析を行ってきました。その際に、新たに5つのSNPが前立腺がん発症と強い関連があることを発見しました(2010年8月2日プレスリリース)。

今回、国際共同研究グループは、さらに日本人(罹患者数1,524人、対照群1,961人)および米国カリフォルニアやハワイ在住の日系人(罹患者数1,033人、対照群1,042人)のサンプルを追加し、合計で7,141人の前立腺がん罹患者群と11,804人の対照群のDNAサンプルについてゲノムワイドSNP関連解析を行いました。米国在住の日系人を対象に加えたのは、遺伝的には日本人とほぼ同じですが環境要因が異なる可能性があり、その影響をみるためです。その結果、日本人の前立腺がんと強く関連する新たな4つのSNPを発見しました。また、これらのSNPがあると前立腺がんの発症リスクが1つにつき1.15〜1.2倍に高まることも見いだしました(図1)。

4つのSNPについて詳しく調べた結果、1つは、ビタミンK依存的な酵素活性を有するGGCX(γ-カルボキシラーゼ)の発現に関与し、GGCXはビタミンKの助けを得ながら前立腺がん細胞の増殖を抑制することが分かりました。

3.今後の期待

今回の結果は、前立腺がんの発症に、遺伝的要因とビタミンKなどの食生活(環境要因)とが複雑に関わることを示しています。ビタミンKは納豆や海藻類などの日本食に豊富に含まれており、主に血液凝固や骨の形成において重要な役割を担っています。近年の疫学的研究や細胞株での実験などでは、がんとの関わりも指摘されてきています。

今後、今回と2010年の研究で明らかになった20〜30個のSNPと環境要因を組み合わせて研究を行うことにより、日本人の前立腺がんの発症リスク評価や予防法の開発が進展するものと期待できます。

原論文情報
Akamatsu S et al. “Common variants at 11q12, 10q26, and 3p11.2 are associated with prostate cancer susceptibility in Japanese”, Nature Genetics. 2012. doi, 10.1038/ng.1104


2012年2月27日 提供:独立行政法人 理化学研究所