菌の増殖を押さえ、歯を強く

水道水にフッ素を添加する虫歯予防策は、日本でまだ本格的な導入例がない。フッ素の長期摂取による人体への影響が明確になっていないなどが理由だ。しかし世界では効果が認められ、広く利用されている。国内でも歯科医師らと協力して検討を始める自治体が出てきた。

沖縄県具志川村は、全国の自治体に先駆け水道水にフッ素を加えることを検討している。水道水に極微量のフッ化物を加え、村民の虫歯を減らすねらいだ。

同村はかつて、他の地域に比べ児童の虫歯が多いことに悩まされた。小学校などで1991年から週に1回、フッ素の薄い溶液で口をすすぐ対策を試験的に実施した。93年に中学1年生は1人あたり6.7本あった虫歯が昨年1.7本に、高校生でも同13本から4.1本に激減した。

この方法を採用した村立具志川歯科医院の玉城民雄院長は「効果は明らか。水道水に添加すれば、村全体で虫歯を減らせるだろう」と話す。

フッ素を使う虫歯予防は50年以上の歴史がある。米コロラド州で住民に虫歯の少ない地域があり、飲み水にフッ素が多く含まれ歯を強くしていることが分かった。米政府はこれをきっかけに、予防効果の高まるフッ素濃度を詳細に分析。約1PPM(PPMは1/100万)と割り出した。今では米人口の約6割がフッ素添加の水道水を利用している。この予防策で虫歯を4−6割減らせるというデータもある。

フッ素がなぜ虫歯予防に役立つのか。東京歯科大学の高江洲義矩名誉教授によると、歯の表面の分子構造がかわるためだという。

歯の表面のエナメル質と呼ばれる部分はカルシウムを含む硬く丈夫な物質(ハイドロキシアパタイト)の結晶で覆われている。食べ物のかすがついたままだとここで細菌が繁殖、乳酸などを放出して表面の結晶を少しずつ溶かす。これが虫歯につながる。

ところがハイドロキシアパタイトにフッ素が結合すると、フルオロアパタイトという酸に強い物質に変わる。水道水などにフッ素を混ぜておけば、自然にこの変化が起き、歯が丈夫になる仕組みだ。

フッ素はまた、小さな虫歯を修復する再石灰化を促す。虫歯菌の増殖に必要な物質(マグネシウム)を奪い取り、口の中で菌が増殖するのを抑える効果もあるようだ。高江洲名誉教授は「日本人には虫歯が多く、水道への添加も検討してよいだろう」と説く。

口をすすぐためのフッ素剤は歯科医に相談すれば購入できる。また、フッ素を配合した歯磨き粉も市販されており、使い続ければ虫歯予防効果を期待できる。

世界保健機構(WHO)が1969年、虫歯予防のため水道水のフッ素添加を各国に勧告したことも後押しし、現在約60カ国、約3億6千万人がフッ素入りの水道水を利用している。日本も厚生労働省が研究中だが、水道水添加は実施されていない。

原因にフッ素がもたらす別な作用がある。歯が白濁したり茶色のシミができたりする斑状菌と呼ばれる現象はその一つ。70年代初頭、兵庫県の一部の住民に発生した。六甲山系を水源とする飲み水に高濃度のフッ素が含まれていたためだった。歯の機能に支障はないが、美観を損なう。ほかに関節痛などを起こす骨硬化症になるという研究報告もある。

国内の水道水の水質基準ではフッ素は1リットル当たり0.8ミリグラムに決められている。水道水にフッ素を添加した場合、この値の範囲内にとどめられる。この程度の量なら、フッ素が人体に悪影響を及ぼすことはないと考えられている。

水道水に添加すると、その地域の住民は選択の余地なく、フッ素入りの水を飲まなければいけない。厚生労働省は「実施には住民の合意が必要」と話している。

(2002.3.9 日本経済新聞)