人はなぜ眠れないのか 東京医科歯科大学、研修医セミナー
睡眠障害は肥満、高血圧、糖尿病につながる。
摂食を調整するグレリンやレプチンの値を変えている。
快眠センターの上里彰仁氏が仕組みを話す。
まとめ:星良孝(m3.com編集部)
睡眠と乳癌・前立腺癌のリスク
上里 睡眠不足の人がみな癌になるわけではありませんが、睡眠時間と乳癌の発症リスクを調べた報告があります。日本人女性2万3995人を8年間追跡すると143人が乳癌と診断されました。平均睡眠時間が7 時間を基準とすると、 6時間以下では乳癌の発症リスクが1.62倍高くなっていました。
同じように勤務形態と前立腺癌や大腸癌の関係を調べたデータがあります。前立腺癌の発症リスクは夜間勤務者でやや高くなりましたが、有意な差ではなく、交代勤務者では3.0倍高くなっていました。また、交代勤務の年数が15年以上となると、経験のない場合と比較して、大腸癌の発症リスクが1.35倍高くなっていました。
講師は東京医科歯科大学快眠センターの上里彰仁氏氏。(写真:村田和聡)
不眠に5つの原因
上里 今度は不眠の原因について話したいと思います。不眠の原因はカテゴリー化すると分かりやすく、治療もその原因に従って行います。
不眠の原因。
不眠の原因。
1つ目は不適切な生活習慣、不規則な生活を送っている場合です。仕事を頑張り過ぎて不適切な生活習慣になる場合もあるでしょう。逆に学生さんが学校をサボって昼寝していると夜眠れなくなるでしょう。不適切な生活習慣は、もっとも一般的なカテゴリーです。
2つ目のカテゴリーは心理的な原因です。失恋であったり、人の死であったり、緊張や悩みがあるケースです。日中の緊張や、翌日にかかわる緊張などがあると夜眠れなくなります。
3つ目のカテゴリーは嗜好品や薬剤です。当然カフェインは眠りを悪くしますが、アルコール摂取も悪影響を及ぼします。アルコールに関しては重要なので後でまた説明します。
それから降圧薬やステロイド、経口避妊薬、抗癌剤、インターフェロンなど不眠を引き起こすことが知られています。
4つ目のカテゴリーは身体疾患です。何らかの身体疾患によって、痛み、かゆみ、咳、頻尿、下痢、発熱、頭痛などがあると眠りが妨げられます。一方、甲状腺機能の低下や亢進、脳腫瘍、脳血管障害などの病態は睡眠障害を引き起こします。脳血管障害では、「眠るとますます血流が悪くなるから眠らないでくれ」といって脳が起きようとしているため不眠が生じるというのが一つの考え方です。
5つ目のカテゴリーは精神疾患です。気分障害、不安障害、統合失調症や認知症などには睡眠障害が付き物です。
「睡眠衛生」の重要性
上里 睡眠障害の治療は原因への対処が最優先で、身体疾患ではまずそれを治療します。またうつ病など精神科疾患がある場合は、抗うつ薬をメインとした上で睡眠薬を使用します。
睡眠障害対処の12の指針。
身体疾患も精神疾患もないのに眠れないという場合は、睡眠衛生に注意します。他科の先生方にとっても睡眠衛生は非常に重要となってきますので、厚労省のガイドライン「睡眠障害の対処12の指針」を元にして一つ一つ説明しましょう。
1番目、「睡眠時間は人それぞれ、日中の眠気で困らなければ十分」という認識を持ってもらいます。睡眠の長い人、短い人、季節でも変化するし、8時間にこだわりません。例えば、神経質な人は「私は7時間しか眠れないけれども、8時間眠らないと癌になるんですよね」と心配するかもしれません。睡眠時間に対するこだわりが強い人は余計眠れなくなりますので、「日中に眠気がなければ問題ない」と安心させることが大切です。また歳を重ねると必要な睡眠時間は短くなりますので、「朝5時に起きてしまう」と心配している高齢の方にはデータを示した上で、「お年を召してくると当然ですよ」説明することも必要です。
2番目は「刺激物を避け、寝る前には自分なりのリラックス法」。就寝4時間前のカフェイン摂取、1時間前の喫煙を避ける、激しい運動も夜は避ける。それから軽い読書や音楽、ぬるめの入浴、香り、筋弛緩トレーニングを勧めます。ぬるめの入浴は比較的推奨されているもので、眠る前に脳と体を少し温めて、出た後に徐々に熱が発散されることが眠りを誘うといわれています。
「眠らないでも大丈夫」という意識も必要
上里 3番目は「眠くなってから床に就く、就床時刻にこだわり過ぎない」。これは非常に重要です。眠ろうとする意気込みが頭をさえさせ、寝付きを悪くするのです。
就寝時間にこだわらない。
患者が「眠ろうとこんなに頑張っているのに眠れない」と言うことがよくあります。例えば、「私は床に就いてもなかなか眠れなくて、12時に寝ようとすると3時になってしまいます。だから9時に床に就くようにしているんですが、全然だめです」ということがあります。9時は早過ぎですね。
眠くないのに眠ろうと努力するとますます眠れなくなりますが、私はよく患者さんに次のように説明します。
「例えば、『話す』『手を動かす』という動作は、ある脳の部分が体に『話せ』『手を動かせ』と指令を出しているからできることですね。でも眠りに関しては、脳が『眠れ』と指令を出しているから眠れるわけではありません。逆に脳が自分に指令を出し続けている限り、眠ることは叶わないのです。眠る努力をして眠れない人は、1時になっても、2時になっても眠れません。でも3時、4時ごろになると、「もう今日は眠れない、だめだ」とあきらめる時が来ます。その時こそが『指令』を停止する瞬間であって、脳はやっと指令から解放されていつのまにか眠るということになります」
このように説明をすると、「ああ、そうか、眠ろうとしているからいけないんだ」と分かってもらえます。「頑張らない方がいいんですね」と認識してもらえると良い傾向です。