渡航者はワクチンで備えを 海外に潜む感染症の危険 
低い日本人の接種率

  

 旅行や仕事で海外に出国する日本人が昨年、初めて年間1800万人を超えた。行く先は世界各地に広がり、中でも発展途上国への渡航が増えている。海外、特に衛生環境の悪い途上国では、思わぬ感染症に遭遇する危険性がある。生水や食べ物、病原体を媒介する動物などに注意するのは当然だが、予防策としてより効果的なのがワクチン接種だ。しかし日本人渡航者の接種率は、ほかの先進国に比べて格段に低い。専門家は予防意識向上の必要性を訴える。

 ▽日程も考慮

 JR品川駅から徒歩5分。「トラベルクリニック」の看板を掲げる「品川イーストクリニック」には、さまざまなワクチンの接種希望者が毎日50人近く訪れる。大企業の本社が立ち並ぶ場所柄、海外への出張や赴任を控えたサラリーマン、帯同する家族、時期によっては留学前の学生も多い。取り扱うワクチンは約25種類。予防接種だけでなく、滞在先での常備薬の処方や渡航前後の健康診断も行っている。
 8月下旬、近くベトナムとカンボジアに2週間出張するという都内の男性会社員(35)が来院した。「東南アジアは初めて。心配なので接種を受けに来ました」と話す。

 看護師や医師が、渡航先や滞在都市、期間、目的、アレルギーの有無などを聴き、A型肝炎、腸チフスなど5種類の接種を決めた。「基本は同時接種。複数回の接種が必要なものもあるので、出発までの日程も考慮しながら打ちます」と日本渡航医学会理事の古閑比斗志(こが・ひとし)副院長は説明する。

 ▽無防備

 国内では既に根絶されていたり流行していなかったりしても、海外では感染の危険と隣り合わせという病気は多い。例えば、飲食物で経口感染するA型肝炎や腸チフス。性行為や血液を介してうつるB型肝炎。イヌやコウモリなどの動物にかまれて感染し、発病すればほぼ100%死亡する狂犬病。蚊が媒介する日本脳炎や黄熱―などだ。

 さらに原因菌が世界中の土壌に存在し、傷口から感染する破傷風も要注意。国内でも毎年多くの患者が発生するが、医療環境が不十分な途上国では深刻な事態を招く恐れがある。髄膜炎菌性髄膜炎のように、アフリカ中央部の「髄膜炎ベルト」と呼ばれる一帯で流行が多発する病気もある。

 こうした感染症に対し日本人は無防備だ。欧米の調査では旅行者の20〜40%がA型肝炎ワクチンを接種して海外旅行に出掛けているが、途上国への日本人旅行者を対象とした2007年の調査では、接種率はわずか2%にとどまったという。

 ▽頻度と重症度

 多くのワクチンを打てば、それだけリスクを回避できる。だが、接種費用は自己負担。医療機関やワクチンの種類によっても異なるが、1回につき1万円を超えるものも多く、全ての接種は経済的負担が大きい。どうやって選べばいいのか。

 渡航医学会で理事長を務める浜田篤郎(はまだ・あつお)・東京医大病院渡航者医療センター教授は「滞在地域でかかる頻度が高く、発病したときの重症度も高い感染症を優先すべきです」と助言する。

 ただし黄熱だけは、接種証明書の提出が入国の条件となっている国もあるので確認が必要だ。

 接種率アップ以外にも渡航者ワクチンの課題は多い。現在、渡航医学会のホームページには約60のトラベルクリニックが掲載されているが、東京、大阪などの大都市圏に偏在。ワクチンによっては地方の接種希望者が大都市で受診しなければならないケースもある。

 また、渡航者ワクチンには日本で未承認のものも多く、医師の個人輸入が頼り。副作用で健康被害が発生した場合の補償制度も確立していない。(共同=赤坂達也)

2013年9月18日 提供:共同通信社