(患者を生きる) 脳と神経 正常圧水頭症:1 「おやじ、ぼけちゃった」
朝日新聞 2014年3月18日(火) 配信
曜日や日付が、すぐに出てこない。ぼんやりとして、テレビの前で居眠りすることも増えた。
一昨年暮れ、さいたま市の山崎和子(やまざきかずこ)さん(74)は、夫の和男(かずお)さん(78)の様子がおかしいのに気付いた。居間であぐらをかいたまま後ろにひっくり返ってしまう。お風呂場でも転ぶようになった。「いやだ、年のせいかしら」
和男さん自身も気になり、かかりつけの内科医院で「物忘れがあり、後ろに転ぶんです」と相談してみた。別の医療機関で頭のMRI検査を受けるように言われ、近くの整形外科へ。画像を受け取り、かかりつけ医に見せた。「何ともない」との診断だった。
しかし、年末年始に訪ねてきた息子たち家族の目に、異変は明らかだった。台所の換気扇の下でたばこを吸っていて椅子からずり落ちる。何度も同じことを聞き返す。孫たちの名前が思い出せない。栃木県に住む長男(52)が和子さんにささやいた。「おやじ、ぼけちゃったよ。どうすんの?」
そうはいっても、どこの病院に連れて行ったらいいものか……。様子を見ながら過ごすうちに、自宅の廊下でよろけては柱に腕や頭をぶつけるようになり、毎日のように擦り傷ができた。階段も踏み外してずり落ちる。歩く歩幅が小刻みで危なっかしく、たばこを買いにも行かせられない。
「おかしいな」と思い始めてから3カ月ほど経ち、春の気配が感じられるようになったころ、今度はトイレの回数が増えてきた。夜中に7回も8回も小用に起きる。
そんなとき、和男さんが自宅前で脇見運転の車に巻き込まれて転倒し、救急車で大学病院に運ばれた。検査の結果、どこにもけがは見つからなかった。
「頭は打っていないようです。よかったですね」と言う医師に、和子さんは念のため尋ねてみた。「最近、少しぼけたような感じなんです」。若い医師は笑顔で答えた。「お母さん、入院するともっとぼけるから自宅に帰った方がいいですよ」
でも、これは認知症にしては変だ。老人施設に洗濯のボランティアに通い、要介護のお年寄りを見慣れている和子さんには、夫の急変ぶりがどうにも腑(ふ)に落ちなかった。(吉田晋)
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(患者を生きる) 脳と神経 正常圧水頭症:2 「治せる認知症」かも
朝日新聞 2014年3月19日(水) 配信
転倒、物忘れ、頻尿――。さいたま市の山崎和男さん(78)は一昨年の暮れから、体の変調に戸惑っていた。年が明け、軽微な交通事故を機に病院の検査を受けたが、異常は見つからない。
医師から大丈夫と言われても、症状は徐々に進んだ。足のつま先が持ち上がらず、一人で靴下もはけない。「自分は足を上げているつもりなんだが……」。妻の和子さん(74)の手を借りないと、身の回りのことも不自由になった。口元からよだれが垂れ、夕方まで昼寝をしてしまう。
「あの働き者だった人が、しゃきっとしないなんて」
変だ、変だと首をひねる和子さんの目に、ある日の夕刊の見出しが飛び込んできた。「その症状、『治せる認知症』かも」。読み進めて驚いた。全く同じだ。すり足で小刻みに歩くようになるとか、注意力が続かないとか、チェックリストの具体例がいくつも当てはまる。病名は「特発性正常圧水頭症」。脳脊髄(せきずい)液が過剰になって脳が圧迫される、原因不明(特発性)の病気だと書いてあった。
記事に取り上げられていた東京共済病院(東京都目黒区)に電話をすると、紹介状が必要と言われた。和男さんに伝えると「病院なんて、いい」と受診を渋った。
その間にも症状は進む。夜間のトイレが間に合わないことが増えた。紙パンツは、和子さんも抵抗があった。でも、介護の仕事をしている妹(60)から「恥ずかしいことないでしょ」と諭され、ご近所に見られないよう、夜にこっそりバイクで買いに行った。
思いあぐねて、夫に内緒でかかりつけの内科を訪ねた。症状を説明し、何度も読み返してきた新聞をおずおずと差し出した。「失礼とは思いますが、こういう病院に行ってみたいんです」。医師は不機嫌そうだった。「年のせいだな。治らんよ」と言われた。
和男さんは遺産相続を巡る親族間のトラブルを機にうつ病を患い、15年近く薬をのみ続けてきた。医師は、それも原因だろうと言い、その場では紹介状を書いてくれなかった。二度、三度と足を運んで、やっと書いてもらった。6月の下旬になっていた。
帰宅してすぐ、病院に電話した。週明けの受診が決まった。
■「患者を生きる 正常圧水頭症」は6回連載します。
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*「患者を生きる」は、有料の医療サイト・アピタル(http://apital.asahi.com/)でまとめて読めます。