基準に不透明さ
不服なら審査も

病気や事故で障害を負うリスクは誰にもある。そんなとき若くても公的年金から障害年金を受け取れる。だからきちんと公的年金に加入し、保険料も納めるべきだと言われる。しかし、いざ障害状態になったとき、そう簡単に年金が払われないこともあるようだ。

関西地方に住む大西栄さん(仮名、54)は若いときにかかった肝炎が肝硬変に進行。勤めていた会社を8年前に辞め、現在は入退院を繰り返している。同じ病気の患者から「その状態なら障害年金が出る」と聞いて4年前、近くの社会保険事務所に年金支給を申請した。結果は「不支給」。不服として審査を求めても決定は覆らなかった。

実は大西さんには食道静脈瘤(りゅう)があった。肝臓の血流が流れにくくなり、食道の血管がこぶのように膨らむ症状。障害年金の支給基準を調べると、この場合などは該当するとあったので医師の診断書にこの症状も明記してもらった。ところが社会保険事務所は「エックス線による検査もなく証明できない」などと回答してきた。

そこで厚生労働省内にある社会保険審査会に再審査を請求。「最も信頼できる内視鏡検査で静脈瘤を確認した」との医師の補足説明書を添えた。申請から約2年後に出た結論は一転して「支給」。申請時にさかのぼり、2級の障害厚生年金と障害基礎年金合わせて月約13万円が出るようになった。「誤った判定を受けたまま泣き寝入りしている人は多いのではないか」

障害年金を受け取るには、障害の原因となった病気や事故で初めて医師の診察を受けた日に公的年金に加入していること、それまできちんと保険料を納めていることが条件になる。初診日から原則1年半経過した時点の状態で、受給するかどうかが決まる。

等級があり、1級は基本的に「他人の介助を受けないとほとんど何もできない」状態。2級は「必ずしも介助は必要ないが、日常生活は極めて困難で、労働による収入を得ることができない」程度だ。病気やけがの種類によっても細かい認定基準がある。

国民年金加入者には障害基礎年金、厚生年金加入者は障害基礎年金に上乗せして障害厚生年金が出る。2級の障害基礎年金は国民年金の満額と同じ月約6万6千円で、1級だと25%増し。子供がいればさらに加算される。障害厚生年金は本人の給与などに応じて額が決まり、より軽い状態の人向けの3級や、一時金の制度もある。

障害者は全体で600万人程度と言われるが、実際に年金を受け取っているのは200万人に満たない。社会保険労務士らは「老後の年金に比べ障害年金の扱いは面倒」と認める。不透明な支給判定のほか、最初に病気やけがをしたときの条件が厳しい点も要因のようだ。

東京都に住む主婦、太田勝子さん(仮名、58)は32歳のとき原因不明の高熱で意識不明となり、意識が戻ったときには全身の筋肉がマヒしていた。リハビリで改善したものの、下半身にマヒが残ってしまった。
しかし年金はない。発病当時、国民年金に加入していなかったためだ。会社員の妻で専業主婦の人は任意加入だったので、入っていなかった。その後、20歳以上の全国民が国民年金に加入することになり、専業主婦は自分では保険料を払わずに加入する「第3号被保険者」となった。

「国が加入してもしなくても、どちらでもよいと決めたのに、そのときに加入していない人は障害年金を受け取れず、その後に全員加入としたのはおかしい」と太田さんは憤る。障害年金が出ない人たちの間では、同様の批判が強かった。

初診日を特定するのが難しい人もいる。例えば糖尿病が原因で失明した場合。最初に糖尿病の治療を受けたときの記録を探し出さなければならない。発病から長い年月をかけて失明する例も珍しくなく、カルテが残っていなくて申請できないことがある。

非営利組織(NPO)、障害年金支援ネットワークを設立した社会保険労務士の青木久馬さんは「必要な人が受給しやすいように制度を見直すべきだ」と話す。現行制度で障害を負ってしまったら、受給のためには「ねばり強く交渉すること。申請時に提出する医師の診断書で、障害の程度を適切に記述しているかどうか、事前によくチェックすることなどが必要」と助言している。

無年金障害者の一部救済へ
障害年金を手にしていない人の一部は今後、救済される見通しだ。与党は税金を財源に月4万−5万円の給付金を支給する方針で、法案を国会に提出中。今秋の臨時国会で成立すれば来年4月から施行される。

対象となるのは国民年金への加入が任意だった時代に、未加入で障害を負った人。具体的には1991年3月までに障害を負った当時20歳以上の学生と、1986年3月までに障害状態となった専業主婦だ。学生時代の障害に対し年金が支給されなかったケースをめぐる訴訟で3月、「国が救済措置をとらなかったのは憲法違反」との東京地裁の判決が出たことが立法化につながった。

ただ新たに対象となる人の間では額が少ないことや、給付金であって本来の年金ではないことへの不満が残る。障害者と家族の生活と権利を守る都民連絡会議の市橋博事務局長は、「やむを得ず保険料を払えなかったときに障害を負った人たちも含めて救済すべきだ」と主張している。
(編集委員 山口聡)

万が一のとき障害年金をスムーズに受け取るための心得
・国民年金加入中は保険料を滞納しない。払えなければ免除を申請する
・カルテは原則5年しか保存されない。病気になったりけがをしたら、初診日を証明できる書類をとっておく。
・障害年金申請時の医師の診断書は自分の状態が適切に記述されているかチェックする。丁寧な医師を選ぶ。
・申請窓口などで意に沿わないことを言われたら、黙って引き下がらずに法律上の根拠を聞く
・症状が重いのに「軽い」と判断された場合などは、参考文献などを調べて審査請求する
・障害年金に詳しい社会保険労務士を活用する
(障害年金支援ネットワークの青木久馬氏作成。同ネットワーク(○電0120-956-119)で無料相談を受け付けている。実際に申請を手伝うときには社会保険労務士を紹介)

こんな状態になれば支給される
 
主な状態

1級の
障害基礎年金
障害厚生年金
・両眼による視力が0.04以下
・両腕に著しい障害がある   
・両足に著しい障害がある
・立ち上がることができない  
・他人の介助がなければ生活ができない
・精神の障害で上記と同程度の状態
2級の
障害基礎年金 
障害厚生年金
・両眼による視力が0.05以上0.08以下
・そしゃくができない 
・片腕に著しい障害がある
・片足に著しい障害がある
・日常生活が著しい制限を受ける
・精神の障害で上記と同程度の状態
3級の
障害厚生年金
・両眼による視力が0.1以下
・咀嚼や言語機能に相当の障害がある
・片手や片足の3大関節のうち2つの関節が曲がらない
・労働に著しい制限を受ける程度の障害がある
・精神や神経系統に労働が著しい制限を受けるような障害がある
厚生年金の障害手当て金(一時金) ・両眼のまぶたに著しい欠損がある
・両眼による視野が2分の1以上欠損している
・鼻を欠損し、その機能に著しい障害がある
・片手や片足の3大関節のうち、1つの関節に著しい機能障害がある
・片手の2指以上を失った
・精神や神経系統に労働が著しい制限を受けるような障害がある
(注)国民年金、厚生年金保険法施行令より一部を抜すい。実際には細かい認定基準に照らし日常生活の状態も加味して判断。視力は矯正後
2004.10.3 日本経済新聞