α-リノレン酸
生活習慣病防ぐ

戦国時代、一介の油売りから国主へ成り上がった斎藤道三が、若き日に商ったのはエゴマ油だったといわれる。シソの仲間のエゴマは江戸時代まで実を搾って安い灯明油や唐傘の撥水(はっすい)用に使われたが、明治以降はわずかに工業用油脂の原料として利用されるくらいだった。その油が最近、植物油脂の中でも循環器系の疾患を抑制する健康効果の高い食品として脚光を浴びている。

パン・モチにも使用
福島県船引町。JR船引駅からクルマで1時間近く走った山あいに入ると「日本エゴマの会」の小さな看板が現れる。何の変哲もない民家が会の本拠だ。代表の村上守行さんと母のみよ子さんが、エゴマを練り込んだパンやエゴマのたれをかけたモチなどを振る舞ってくれた。

同会は守行さんの父で昨年亡くなった周平さんが1998年に旗揚げした。食用油の健康への影響に疑問を持ち、地元で長く作られてきたエゴマに着目したのがきっかけ。父の跡を継いだ守行さんら地元農家40戸が栽培、会の搾油機で油を搾る。自家用のほか全国の消費者会員150人にも販売している。趣旨に共鳴した人が中心になり、全国に20ほどの会もできた。3月には岩手県の衣川村で、第6回「日本エゴマ全国サミット」を開く。

タバコ農家が多い船引町の町役場も新たな特産物にしようと期待をかける。農家が安価でエゴマ油を搾れる搾油所を開き、実や油を使った菓子やうどんなどを売る店も出てきた。役場には全国から「本場の油がほしい」という電話がかかってくる。堀越則夫農林課長は「1年ほど前から油を毎日、少量飲んでいますが、健康診断の血中脂肪などの数値が大幅に良くなった」と胸を張る。

中部地方で薬局チェーンを展開するスギヤマ薬品(名古屋市)も、自社店舗や全国の百貨店の健康食品売り場などで、89年から「しそ油」の名前で売っている。同社によれば「リピーターを中心に売れ行きは右肩上がり」という。

ほかにエゴマを餌に混ぜて育てた豚やエゴマを使った菓子なども売り出されている。

脂肪酸比率見直し
どんな健康効果があるのだろうか。人間の生命活動に欠かせない脂質のうち、多価不飽和脂肪酸のリノール酸とα−リノレン酸は、食物からしかとれない。エゴマ油の脂肪酸は5割以上がα−リノレン酸。サラダ油などに多く含まれるリノール酸を取り過ぎると、血管を詰まらせて心臓疾患になる恐れがあるという研究報告もあるが、α−リノレン酸は逆に抑制効果があることが分かってきた。

10数年前からリノール酸とα−リノレン酸の健康への影響を研究する名古屋市立大の奥山治美教授(前・日本脂質栄養学会会長)は、「日本人はリノール酸を取りすぎ。もっとα−リノレン酸を増やすべきだ」と指摘する。

厚生労働省はリノール酸などn−6系の脂肪酸と、α−リノレン酸や青魚に多いドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)といったn−3系の脂肪酸の摂取比率を、4対1にするのが望ましいとしてきた。ところが4月から適用する「日本人の食事摂取基準(2005年版)」では、これを撤廃。増やすべき栄養素の1つにn−3系脂肪酸を挙げる。

同省健康局生活習慣病対策室は「リノール酸は取り過ぎると高脂血症などが心配される飽和脂肪酸に近い作用をするので、4対1より差を詰めたい。割合をよく考えて取ってほしい」と説明する。

こうした動きに合わせ、α−リノレン酸が豊富な油も市場に出回りそうだ。大手の日清オイリオグループは3月から普通のサラダ油よりα−リノレン酸が1.6倍多く含まれる「ヘルシーリノレン」を発売する。健康イメージが強まっているリノレン酸を全面に打ち出した商品だ。

名古屋市大の奥山教授はn−6系脂肪酸とn−3系脂肪酸の比率を2対1まで下げるべきだと主張する。この点については栄養学者の間で異論も多い。しかし、青魚やエゴマが循環器系疾患などの生活習慣病の予防に効果があることは、多くの学者が認めている。

いいことづくしのようだが、エゴマ油は沸点が低く、てんぷらなど揚げ物に使うと引火の恐れがあるので注意が必要。また、約300グラム入りで1500円から4000円もする値段の高さもネックだ。
(編集委員 大橋牧人)

2005.2.5 日本経済新聞