50代から始める
血流促進、脳を活性化

最近、顔なじみの知人やテレビに登場する芸能人の名前が思い出せないということはないだろうか。昨日食べた夕食の献立がすぐに思い出せないことも。「もしやボケたのでは」と心配する中高年も少なくない。早くからボケないための生活習慣を身に付ければ、かなりの効果がある。専門家に50代から始めるボケ予防策を聞いた。

大手電機メーカーの部長を務めるAさん(56)。部下を呼びつけるとき、名前が思い出せないことが頻繁になってきた。先日は顧客との重要なアポを忘れてすんでのところで商売がキャンセルになるところだった。「認知症の始まりではないか」と妻も心配して一度医師に診てもらうことに。

幸い、認知症のテストでは問題がなく、誰もが経験する単なる老人性の物忘れの進行という診断だった。ただ父親が認知症になった経験があるだけに、将来自分も発症するのではないかという不安は消え去らない。

認知症に詳しい湘南長寿病院(神奈川県藤沢市)院長のフレディ松川さんによると、認知症は遺伝よりも後天的な要因が圧倒的に大きい。20年以上認知症患者を見続けてきた経験から本人の性格、職業、生活習慣の3つが認知症に影響していることが分かったという。性格や職業は簡単に変えられないから、「ボケを防ぐ生活習慣を長年続けているかどうかで、認知症になるかならないかの格差が出てくる」と説明する。

松川さんが書いた『今日からできるボケないための7つの習慣』によると、ボケ予防の第一に挙げるべき習慣は毎日の散歩。どこへも出かけずに家に閉じこもっていると筋力や体の抵抗力が衰え、認知症ばかりでなく万病のもととなる。散歩という軽度の運動をすることで血流を活発にする。特につま先を意識して歩くとふくらはぎのポンピング作用が働き、脳への血流が良くなる。こうして脳を活性化させる。

さらに単に散歩するだけでなく、歩きながら創造的な作業を加えることも松川さんは提案する。例えばカメラを持参して、気に入った風景や出会った人などを撮れば、周囲の人と会話を始めるきっかけになるかもしれず、地域社会に参加する効用も期待できる。

散歩しながら考えると、思いがけない良いアイデアが浮かぶことも多く、懸案事項をじっくり考える機会にもなる。

松川さんはボケ予防の習慣として日記を書くことも勧める。毎日寝る前に5分間、その日に起きたことを思い出して書く。楽しかったこと、うれしかったこと、悲しかったこと、いやだったことなど少なくとも1つずつ思い出した書き留めるだけでもいい。

書くことで、感情と創造力をつかさどる右脳と、計算や分析を担当する左脳の両方を一度に使うので、ボケにくくなるという。特に予防に効果的といわれる頭と手を同時に使うことになり、脳への血流が良くなる。

さらに過去に書いた日記を読み直すこともいい。過去の自分を振り返り、成長している自分を再発見できるからだ。

松川さんの主張する予防策でユニークなのは恋愛をすることである。別に不倫を奨励しているわけではない。積極的に町内会や同好会などコミュニティーの集会に参加して、気に入った異性を見つけようと提案している。

気に入った異性の存在で、外出する機会が増える。おしゃれにも気を使うようになる。お目当ての異性に気に入られるために会話の話題にも注意するようになり、ニュースや流行などにも敏感になる。ときめきが脳への刺激になるなど良いことずくめだ。

認知症予防を研究する東京都老人総合研究所(東京・板橋)の主任研究員、矢冨直美さんは、料理を作ることを推奨する。特に定年を迎えて自宅に四六時中いることが多くなった男性なら、妻が三度の料理を作る機会も増えそう。

少なくとも昼食ぐらいは自分で作る気構えが必要だし、たまには妻のために料理を工夫するのもいい。特に数品目の料理を同時に作ることを心がけ、すべて熱いうちにおいしく食べられるよう、一生懸命考えて段取りすることが予防効果になる。

旅行の計画を立てることも有効だ。矢冨さんは見知らぬ土地へ行くこと自体、脳を刺激すると指摘する。「お仕着せのパック旅行に参加するのではなく、何時に鉄道やバスに乗れば効率よく目的地を回れるか、などを自分で考えて計画を立てることが脳への働きをより大きくする」と話す。

『ぼけの予防」を書いた浴風会病院(東京・杉並)精神科診療部長の須貝佑一さんは、社交ダンスを勧める。音楽に合わせてダンスをすることが刺激になるうえ、踊る相手を次々に替えれば社交性が求められ、脳が活性化する。

手と頭を使う趣味として須貝さんは囲碁、将棋、マージャンなどのゲームも効果的と言う。仲間と一緒に楽しめ長続きするのも、認知症の予防につながるとしている。
(編集委員 木戸純生)


ボケ予防に効果が期待できる生活習慣や趣味


1
散歩を日課にする
つま先を意識して歩くと、ふくらはぎのポンピング作用が働き、血流がよくなり脳を活性化する
2
日記をつける
毎日書くことで右脳と左脳を刺激。過去に書いた日記を読み直すことで成長している自分を再発見できる
3
恋愛をする
気に入った異性がいると、おしゃれや会話の話題に気を使うようになり、ニュースや旅行に敏感になる
4
料理を作る
メニューや段取りを考えることで脳を刺激する
5
旅行の計画を立てる
見知らぬ土地へ行くことが刺激になるうえ、鉄道やバスの乗り継ぎなどを考えることが脳を活発にする
6
社交ダンスをする
音楽に合わせて踊ることで脳が活性化。相手を次々と替えることも効果的だ
7
囲碁・将棋・マージャンをする
手と頭を使うゲームは脳の刺激になる。仲間と一緒に楽しめるので長続きする

(専門家の意見をもとに作成)

2005.12.18 日本経済新聞