軽い負荷 心臓にも優しく
ゆっくり筋肉鍛える


日中の気温はまだ高いが、秋の気配が漂い始め、体を動かしたくなる季節になってきた。若いころ、体力に自信のあった人でもいきなり激しい運動をすると関節や筋肉を痛めてしまう。そんな人たちにぴったりなのが「スロートレーニング(スロトレ)」。筋肉に意識を集中してゆっくり動かすことで、衰えた筋力を取り戻すことができる。ダイエット効果も期待できるという。

「1、2、3、止めて、4、3、2、はい」。東京都小金井市にあるスポーツクラブ、メガロス武蔵小金井店。20人ほどの高齢者がインストラクターのかけ声に合わせて、ゆっくりと筋肉を動かしている。重い器具を使って激しく動いているわけではないが、表情はとてもつらそう。顔を真っ赤にする男性もいる。

インストラクターの薄亜由美さんは「スロトレは見た目よりきつい。だからこそ効果がある」と話す。

同社は昨年秋から高齢者を対象にしたトレーニング教室にスロトレを取り入れた。田中英敏さん(64)は4年前から通っているが、スロトレを始めてから「自分でも驚く」ほどの効果が表れた。23−25%あった体脂肪率が11%に低下、ウエストも84センチから76センチになった。「体重は56キログラムから3キログラムしか減っていない。脂肪が減って筋肉が付いたということだろう」と自慢げだ。

スロトレは文字通りゆっくりと行なう筋力トレーニング。米国では1990年ごろからアメリカンフットボールリーグの球団が取り入れた。重いバーベルや鉄アレイを使わないため関節や筋肉を痛めにくい。激しい運動と違って血圧も上昇しにくく、脳や心臓に負担がかからない。日ごろ運動不足の人にとってはうってつけのトレーニング法なのだ。

単にゆっくりと体を動かせばよいわけではない。例えば、スクワットではひざを完全に曲げきったり伸ばしきったりせず、太ももや尻など使う筋肉に意識を集中させる。「3秒で動かし、1秒静止し、3秒かけて戻す。運動の間は常に筋肉を緊張させることがポイント」(薄さん)で、動かすときに息を吐き、戻す動作で吸う。

スロトレは器具を使った筋トレのほか、腕立て伏せや腹筋など様々な運動に応用できる。1つの運動について5−10回を目安にする。筋肉痛が治まるのに合わせて、週2回ほど実践すれば効果がある。個々のメニューはきついが、トレーニングの時間は10−30分で済み、続けやすい。

軽い負荷でも運動効果が上がるのはなぜか。東京大学の石井直方教授(筋生理学)は「ゆっくり動かして筋肉を常に緊張させると、筋肉内の血流が制限され、運動に伴って出る乳酸などの疲労物質が大量に蓄積する。体は『激しい運動をした』と錯覚し、その信号が脳に送られ、成長ホルモンの分泌が促される」と説明する。

子供が大きくなるために不可欠な成長ホルモンは、大人になってからも筋肉の強化を促すなどの働きをすることがわかっている。石井教授らの実験では、成長ホルモンの分泌量はスロトレでも通常のトレーニングでもほぼ同じだった。

いったん筋肉量が増えると、基礎代謝が上がる。じっとしていてもカロリー消費量が増える。スロトレを継続すれば太りにくい体になる。

ダイエットしたい人に対し、石井教授は「スロトレの後にウオーキングなどの有酸素運動を組み合わせると効果が上がる」とアドバイスする。成長ホルモンには脂肪の分解を早める効果もある。成長ホルモンによって脂肪分解が進んだ後に、有酸素運動をすると効率よく脂肪を燃やすことができる。スロトレで体を鍛えておけば、家の中の掃除や風呂洗い、洗車といった体を使う家事でも十分ダイエット効果が期待できるそうだ。
(青木慎一)


スロートレーニングの運動メニュー

腹筋
★両ひざを曲げ、両手を頭の後ろで組んで、肩を少し持ち上げた姿勢でスタート  頭を床につけない

★みぞおちを中心に上体をできるだけ丸め込むようにする。上体は完全に起こさない  ゆっくり
スクワット

★足を肩幅に広げ、太ももが床に平行になる程度に曲げたところからスタート  背中は丸めないで伸ばす

★ゆっくりとひざを伸ばす。太ももやお尻の筋肉をゆるめない  ひざを伸ばしきらない  ゆっくり


それぞれを5〜10回行う


2006.9.10 日本経済新聞