◇腹囲で「正常」、危険な誤解

愛媛県内の市町村で開かれる地域住民対象の健康づくり講演会。小西正光・愛媛大教授(公衆衛生学)が、来年度から始まる国の特定健診・保健指導制度の説明をすると、参加者の女性が言った。「私は腹囲が基準未満だから大丈夫よね」

特定健診は、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)対策で生活習慣病を減らし、医療費を抑制する狙いで計画された。40-74歳の全員が対象で、健康保険組合など保険者に実施を義務づける。検査項目はメタボ基準がベースで、メタボ健診とも呼ばれる。最初に腹囲か肥満度で絞り込み、さらに血圧や血糖などの数値が基準を上回った人に、食事や運動などの保健指導(改善指導)をする。

腹囲が基準未満の「非肥満者」でも、血圧や血糖、脂質のいずれかが高めなら、病気になる危険性がある。ところが、特定健診では、非肥満者は保健指導の対象にならない。小西さんは「腹囲ばかりに注目が集まるようになり、住民に『腹囲さえ測っていれば、それでいいんだ』という誤解がみられる」と心配する。

実際、特定健診は心筋梗塞(こうそく)や脳卒中などの心血管疾患予防が目的だが、肥満がなくても、危険因子が重なるだけで心血管疾患による死亡が増えるとのデータもある。滋賀医大などのチームは、全国から無作為抽出した7219人を10年間追跡した。肥満がない人でも高血糖などの危険因子があると、全くない人に比べ心血管疾患で死亡する危険性が2倍近く高かった。

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河北総合病院(東京都杉並区)などの研究チームが、糖尿病患者668人を調査すると、男性の約55%、女性の約70%がメタボ基準に合致していなかった。調査にあたった「駅前つのだクリニック」(同)の角田圭子院長は「日本人の糖尿病は、血糖値を調節するインスリンの分泌能力が衰えるケースが多く、その場合、肥満とはほとんど関係ない。『こんなにやせているのに糖尿病とは信じられない』と話す患者も多い」と語る。

日本糖尿病学会は、特定健診で糖尿病患者や予備群を見落とすのを防ぐため、かかりつけ医向けに来年発行する「糖尿病治療ガイド」改訂版で、メタボ基準に該当しなくても血糖値が高めの場合は、追加検査や医療機関受診を勧める「留意点」を掲載する予定だ。

糖尿病の専門医からは「メタボを経て糖尿病になる患者は、患者全体の一部。特定健診で見落とされれば、治療の遅れにつながりかねない」との声が上がる。

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腎臓病を見落とす可能性も指摘されている。

関東地方のある自治体が06年度に実施した住民健診で、腹囲だけが基準を上回り、他の基準値は正常範囲だった約4000人のうち7・7%は、腎機能が正常な人の6割未満しかない慢性腎臓病だった。特定健診に腎臓病に関する詳しい検査項目はなく、気づかぬまま悪化させる恐れがある。

腎機能が低下し、人工透析を始める患者は毎年増加し、06年末現在で26万人を超える。厚生労働省も慢性腎臓病対策に乗り出している。菱田明・日本腎臓学会理事長は「慢性腎臓病は心血管疾患の危険因子でもある。メタボだけでなく、慢性腎臓病患者を早期に見つける検査項目も必要だ」と話す。=つづく

 

2007.12.4 記事参考 毎日新聞社