記憶低下にHDLコレステロール関与?

HDLコレステロールが低いと記憶力の低下につながる
中年期で高比重リポ蛋白コレステロールの濃度が低いと記憶力の低下および高齢時の認知症につながることが、最新研究で示された
Sue Hughes
Medscape Medical News

【7月2日】中年期で高比重リポ蛋白コレステロール(HDL-C)の濃度が低いと記憶力の低下および高齢時の認知症につながることが、最新研究で示された。[1]

Dr Archana Singh-Manoux(フランス国立保健医学研究所[INSERM]、フランス、Villejuif Cedex)らが行ったこの研究は、『Arteriosclerosis, Thrombosis and Vascular Biology』2008年7月1日号に掲載されている。

Singh-Manoux博士らの説明によると、認知症それ自体が脂質レベルを変化させ、そのため認知症の患者の総コレステロールや低比重リポ蛋白コレステロール(LDL-C)の値が低くなるというエビデンスがいくつかあり、したがって、高齢者において脂質が認知力に及ぼす影響を調べて得られる結果は誤っている可能性が高い。中年期の脂質レベルとその後の認知症との間には確かな関係があると思われるが、重要な脂質のレベルについては正確には分かっておらず、LDL-Cまたは総コレステロールのレベルが高いことが関係しているとする研究もあれば、HDL-Cレベルが低いことが関係しているとする研究もある。博士らの記述によれば、HDL-Cは、シナプスの成熟とシナプス可塑性の維持に不可欠であり、アミロイド形成に影響を及ぼし、アルツハイマー病患者の脳に見られる蛋白質プラークの主要成分である。HDL-Cが低いと海馬体積が小さいことも知られている。

今回の研究は「ホワイトホールII試験」の被験者3,673例を対象にして脂質と短期言語記憶との関係を調べた。「ホワイトホールII試験」は英国ロンドンの国家公務員10,000例以上を対象にした長期健康調査である。被験者の総コレステロール、HDL-C、トリグリセリドを測定し、2回にわたって短期記憶の検査を行った。1回目は1995年から1997年までの期間であり、この時の被験者の平均年齢は55歳だった。2回目は2002年から2004年までの期間であり、この時の被験者の平均年齢は61歳であった。記憶力の評価は、1または2音節からなる単語20語を約2秒間隔で読ませた。次に被験者に2分間で思い出せるだけの単語を書かせた。思い出せる単語数が4語以下の場合を記憶障害とした。

分析は、教育歴、職業上の地位、冠動脈疾患、脳卒中、高血圧、薬物の使用の有無、糖尿病、喫煙、アルコール消費量で調整した。その結果によれば、HDL-Cレベルが低い者(< 40 mg/dL)は、高い者(> 60 mg/dL)に比べて、2回の評価時のいずれでも記憶障害になっている傾向が大きいことが示された。この連関性は、アルツハイマー病の強いリスク因子であるアポリポ蛋白Eε4(アポE4)遺伝子の有無からは独立していた。

HDL-Cレベルの低い者と高い者とを比較した記憶障害のオッズ比(OR)

平均年齢
OR(95%CI)
55
1.27(0.91-1.77)
61
1.53(1.04-2.25)

2回の記憶力測定の時の脂質レベルを分析すると、HDL-Cレベルの変化のみが記憶力低下に関連していた。HDL-Cレベルが低い者は、高い者に比べて、記憶力低下(思い出せる単語数が2語以上減少)のリスクが大きかった(オッズ比[OR]は1.61、95%CIは1.19 - 2.16)。

その他の重要な知見としては、脂質と記憶力低下との関係に有意な男女差はなかったこと、総コレステロールとトリグリセリドは記憶力低下との間に関係が見られなかったこと、HDL-Cを上げ、LDL-Cを下げるためのスタチン類使用と記憶力低下とは関連していないことなどがあった。

「HDL-Cのレベルが低いことは後期中年期での記憶力低下のリスク因子であるらしいことが今回分かった。また、低いHDL-Cは認知症のリスク因子でもある可能性も示唆された」とSingh-Manoux博士は述べている。HDL-Cと認知症との正確な因果関係はまだ不明だが、HDL-Cがβアミロイドの形成を防止することや、HDL-Cがアテローム性動脈硬化や血管損傷に作用したり、抗炎症性・抗酸化作用を介したりすることで、記憶に影響を与えることが考えられると、著者らは述べている。

「高齢者における脂質と記憶力との関係を調べたこれまでの多くの研究は、心血管疾患のリスク因子であることが証明されている総コレステロールまたはLDLコレステロールに着目していた。今回の知見は、その注目をHDLコレステロールにまで広げる必要があることを強く示している。したがって、医師と患者はHDLコレステロールのレベルの監視をすることが強く奨励される。」

解説記事での注意

関連する解説記事[2]でのDr Anatol KontushとDr John Chapman(INSERMおよびピエール・アンド・マリーキュリー大学、フランス、パリ)によれば、血漿HDL-Cレベルが低いことと認知症との関連はこれまでにも繰り返し報告されている。また、高いHDL-Cレベルは、おそらくはコレステリル・エステル転移蛋白質(CETP)の活性を抑えることで、長寿、認知力改善、認知症を伴わない生存につながっていることと、アルツハイマー病の患者ではHDL-Cレベルが低くなるCETP多形性が高頻度で見られることも両氏は触れている。

しかし両解説委員の指摘によれば、血漿の脂質レベルは認知症発現の頃に顕著に変動する場合があり、そのために測定の時期が決定的に重要になるために、この種の研究の中で因果関係を示せたものはなかった。

両博士は、HDL-Cをアルツハイマー病に結びつける生化学メカニズムには複雑で多様なものが考えられるとし、「HDL-Cのレベルを上げると良好な記憶力が保護されると思いたい」とも述べているが、次のようにも言っている。「因果関係が解釈できない観察研究に基づいて治療的介入を推奨する場合には、多大な警戒を残しておかなければならない。特に、Singh-Manouxらの研究のように、重大な限界がいくつかある場合にはなおさらである。」

「したがって、HDL-Cは有望である可能性は依然としてあるが、認知症および記憶力喪失の予防のターゲットにはまだ入れられない。それでもなお、この種の研究では、HDL-Cと脳機能との相互作用に研究の力を集中させることが必要である。」

ホワイトホールII研究は、英国医学研究審議会、英国心臓協会、英国健康安全局、英国保健省、米国国立心臓肺血液研究所、米国国立加齢研究所、医療政策研究局、John D. and Catherine T. MacArthur Foundation Research Networks on Successful Midlife Development and Socioeconomic Status and Healthの支援を受けている。著者らのうち2名は、欧州科学財団とフィンランドアカデミーから資金援助を受けている。その他に1名が、英国医学研究審議会から研究教授職を受けている。その他の著者の開示情報に、関連する金銭的利害関係はない。

出典

1. Singh-Manoux A, Gimeno D, Kivimaki M, et al. Low HDL cholesterol is a risk factor for deficit and decline in memory in midlife. The Whitehall II study. Arterioscler Thromb Vasc Biol. DOI:10.1161/ATVBAHA.108.163998.

2. Kontush A, Chapman MJ. HDL: Close to our memories? Arterioscler Thromb Vasc Biol. Published online before print June 30, 2008.

Medscape Medical News 2008. (C) 2008 Medscape



2008.7.2 記事提供 Medscape