ロボットの知性、人間より自分を優先する可能性

参考:2015年1月7日(水) 配信 読売新聞

人間が運転せずに自動走行する「ロボットカー」のように、ロボット技術が生活スタイルを大きく変える時代が近づきつつある。自ら開発に携わる傍ら、『ロボット革命』(祥伝社新書)を著した本田幸夫・大阪工業大教授(58)は「人間とロボットが共存する社会を考えると、2015年前後が転換点になる可能性は高い。日本は技術だけでなく、実用化でも最先端を行くべきだ」と語る。
日本はロボット大国として世界をリードし、政府もこれを成長戦略の柱として重視していることは知られています。最近は米グーグルやアマゾンが開発に乗り出したことも周知の事実です。 本田教授は「インターネットとモノをつなぐ道具としてロボットがあることに世界が気付いてきた」と語ります。 インターネットというバーチャル(仮想)世界を現実世界のモノと結びつけ、アクチュエーター(モーターなどの駆動装置)で動かせば、つまり「ロボット」になる、という認識が広がってきたとのこと。 その背景には、以前はロボット単体のコンピューターの小型化や性能向上を目指していたのに対し、今は単体が不完全でも、インターネット上で情報を一元管理する「クラウド」へつなげて瞬時に情報を処理する、という発想とプロセスの転換があります。これによって、サービスロボットが生活の中に劇的に浸透する可能性が高まったと言います。 こうした潮流の中、「日本は技術ばかりに関心を向け、社会の中でいかに使うかという発想が弱い」と教授は懸念します。 例えばお掃除ロボット「ルンバ」を開発したのは米企業。技術的には日本企業も同程度のものを持っていたのに、安全性や吸引力を高めるなどの技術に関わっている間に、米企業に先を越されてしまったとのこと。 また、認知症患者の徘徊を検知して知らせるロボットを開発しても、介護者を真夜中でも無分別に起こしてしまい、結果、疲弊させてしまうなど、日本には「その技術が人間を幸福にするかという視点が欠ける事も多い」と言います。 こういったサービスロボットの産業化のためには、技術者よりも市民社会が主体となって「どう使うか」を考えていかなければいけない、そう教授は訴えます。 具体的には、人口減少社会を乗り切るため、筋力の衰えた老人や身体障害者の社会参加をロボットスーツで進められないか、などと発想していくことです。研究開発だけでなく、ロボットを使う商店街に補助金を交付することで使い方の幅を広げる、といった施策も求められると言います。 一方、ロボットの負の側面も考慮しなければならないとのこと。 教授によると、「ロボットが人間の知能を超える時代は確実に来る。いや、既に超えているかもしれない。」といいます。 前述の自動運転のロボットカーなどは、事故に巻き込まれた時、ロボットが人間の命よりもコンピューターの保全を優先してハンドルを切る「知性」を持つ可能性はある、と。だからこそ、「市民がロボットを使いつつ、いかに使えば良いか、国任せにせずに議論していくべきなのです。」 「ロボットの知能が脳死の人間の肉体を利用して動き回る、といった未来もありうる。我々は考えなければいけない。」教授は警鐘を鳴らします。
Dr.堤より 決められたことはきっちりできる機械と、気分で手抜きをする人間では、機械の方が、優っていくのは、仕方がないですね。 それが未来の社会構造を決めていくでしょ、アンドロイド万歳!!!です。