外科医が開発したウェアラブルチェア「アルケリス」 「歩けるイス」で術者の腰の負担を軽減

参考:2016/10/27 末田聡美=日経メディカル

 「長時間立って手術をする外科医の負担を少しでも軽減したい」。そんな思いから、千葉大学の外科医らが中腰のまま座れる椅子「アルケリス」を開発しました。 2017年春の本格発売に先駆けてYouTubeに製品情報をアップするや否や、国内外の外科医から注目を集め、問い合わせが相次いでいます。「アルケリス」とはどんなものなのか。その実力とは。 ——————————————————————————– 「学会の企業展示コーナーでアルケリスを紹介した時には、実際に着用した多くの外科医から『使いたい』『これがあると楽になる』といった感想が寄せられた。YouTubeにアップした画像を見て海外の外科医からも『ぜひ使いたい』と問い合わせが相次いでおり、正直驚いている」。千葉大学フロンティア医工学センター准教授で、消化器外科医の川平洋氏はこう話しています。
写真1●アルケリスを着用しての手術シーンのイメージ(提供:西村拓紀デザイン(株))
写真1●アルケリスを着用しての手術シーンのイメージ(提供:西村拓紀デザイン(株))
アルケリスとは、川平氏らが開発した、中腰のまま座ることができ、歩ける“イス”のこと(写真1)。下肢に装着して中腰になると、膝関節と足首の角度を固定され、すねと大腿部を広い面積でサポートすることで体重を支え、座ったような安定感を得られる特徴があります。 長時間の立位による腰部や下半身の筋肉疲労を抑えられる上、安定した立位を保てることで、術中など細かい操作が求められる場面でも確実な操作が期待できます。片足ずつ独立して動くセパレートタイプのため、平坦な場所なら着用したまま歩いたり、自由に姿勢を変えたりもできます。

腰痛に悩まされる外科医が多数

多くの外科手術は元来、立位で行ってきました。胸腹部の手術などでは術野が大きく、座っていては手術操作が行いにくいのです。そのため、外科医は手術中長時間立っていることになります。特に内視鏡外科手術では、執刀医は鉗子などによる細かい操作が求められるため、上半身がぶれずに安定した姿勢を取り続けることも重要です。一方、執刀医をサポートする助手や内視鏡のカメラ持ちの医師も、術野や視野を確保するために立位で行うことが多いです。 立位のままでの手術の時間が長くなってくると、安定した姿勢を保持するのはつらく、身体的負担が大きいのです。最近では侵襲性の低さから胸腔鏡下や腹腔鏡下で行う手術が増え、手術時間が長時間化しています。例えば上部消化管の腹腔鏡下手術の場合、5~6時間立ちっぱなしになることも珍しくありません。「肩や腰部、下肢の痛みを抱え、湿布を貼っている外科医たちをたくさん見てきた」と川平氏は話します。 特に、川平氏の所属していた大学医局では、“外科崩壊”が話題になっていた2000年代に入局者がゼロだった時期がありました。「若手医師の不足で、ベテランの医師ばかりで長時間の手術などの業務をこなさなければならないことになり、みな疲弊していた。なんとか外科医の負担を軽減できるアイテムを作れないかと考えていた」(川平氏)と当時を振り返ります。

S字カーブを維持して楽な姿勢に

川平氏が「アルケリス」のアイデアを具体的に思いついたのは、千葉大の外科から同大工学部に籍を移し、医療現場のニーズに応える新技術の開発に携わっていた2014年のこと。仕事上のパートナーだった日本高分子技研(東京都中央区)の代表取締役である井上雅司氏に構想を相談し、川平氏、中村亮一氏(准教授、工学博士)ら千葉大学フロンティア医工学センターと、金型制作を行う工場の(株)ニットー(横浜市金沢区)、販売を担う日本高分子技研(株)、デザイン会社である西村拓紀デザイン(株)(東京都中央区)との協働で「アルケリス」を開発しました。 当初の試作品(写真2左)では、アルミニウム製の骨組みで膝部を屈曲させて固定し、バーに腰かけるだけの構造でしたが、それで下半身や腰部への負担軽減効果を確認ながら、安定性や快適性を追求して改良を重ね、今の形(写真2右)となりました。
写真2●試作品の1号機(左)と2号機(中央)。右が最新の6号機。
写真2●試作品の1号機(左)と2号機(中央)。右が最新の6号機。
アルケリスは、人間工学の観点から、楽な姿勢を維持できるよう設計されている点が特徴です(写真3)。中腰では腰に負担がかかりますが、「膝が軽く曲がり、踵が少し上がった姿勢になることで、過重が広く分散され脊椎から下半身までのラインがS字カーブになる。すると腰部が楽になり、体幹の緊張が軽減されることで立位も安定する」と川平氏。病院の手術室で、手術中の医師の姿勢を何度も写真に撮り、その姿勢が楽に維持できる製品を目指しました。
写真3●アルケリスを着用した様子(提供:西村拓紀デザイン(株))
写真3●アルケリスを着用した様子(提供:西村拓紀デザイン(株))
最新型のアルケリスの素材は、荷重が集中する構造部には専用のアルミによるパーツを開発し、体重を支えるすねと背部のサポートには、軽量で強靭なカーボン素材を使用。身体に柔軟にフィットするものとなっており、着用者の体重のかけ方や姿勢によって柔軟にしなり、体重を支えます。

外科医ならではのこだわった点とは?

電力不要でいつでも着用できる

「長時間立って手術を行う外科医の負担を軽減したい」と話す千葉大の川平洋氏。
「長時間立って手術を行う外科医の負担を軽減したい」と話す千葉大の川平洋氏。
川平氏らが、開発当初からこだわっていた点は、電力などの動力を使用しないこと。手術室という特殊な環境の中で、通電や電磁波発生などのリスクは極力避けたいという考えからです。充電やコードが必要なければ、いつでも手軽に使える利点もあります。また、ロボット領域の新技術では機能を多く搭載する傾向にある中、アルケリスは必要な機能のみに絞ったシンプルな仕組みにしています。 その他、動きやすいようにより軽く強くする、どの病院でも購入しやすいように価格は極力安価に抑える、といった方針も重視。現時点では販売予定価格は非公開ですが、「普及を目指して、病院で購入する際になるべく負担にならない程度の価格にする」と、販売を担当する日本高分子技研の井上氏は話しています。 アルケリスは現在、外科医の要望などを踏まえて最終的な改良を進めており、来春には発売したい考えです。今年12月に開催される日本内視鏡外科学会総会の企業展示コーナーでは、モニター利用の申し込みなどを受け付ける予定だといいます。 将来的にはまず、外科手術の現場での普及を目指しています。外科医だけでなく、機械出しの看護師など手術場で立っている必要のある医療職は皆アルケリスを着用しているイメージです。その後は、一般用での販売も視野に入れています。水産加工業、農業、クリーニング業、流れ作業を行う工場など、多方面の職種から問い合わせが来ているといいます。