米国の「ヘルステック」を開花させた3つのカギ

参考:Forbes JAPAN 2017/10/02

医師・池野文昭は日米の医療当局からアドバイスを求められる。自らベンチャーキャピタルを設立し、医療機器イノベーションに尽力する彼が語る「ニーズ」とは。


 予防と治療のどちらにカネを使うか? これが、日米の病気に対する考え方の違いです。

 例えば、日本で虫歯になると、歯医者に行けば保険診療で治療してもらえます。私は虫歯が5本あり、アメリカで治療したとき、「あなたの保険では今年の治療は2本まで。3本目は年明けの1月に」と言われました。もちろん「痛いからいっぺんに5本治療して」と言いたいのですが、保険会社が支払いを拒否するので、一度に5本治療するなら、保険の対象外となり、私は100万円以上を歯科医に払わなければなりません。車が買える額です。結局、私は3年に分けて治療しました。

 つまり、病気をしたら損をする。だから子供のうちから歯科矯正をしたり、予防プログラムにカネを使ったりする社会なのです。

 企業が「健康経営」に必死なのも同じ理由です。社員が全員健康なら、会社が払う保険料は安くすむ。このように、すべては「カネ」で動く仕組みで、保険会社が医者を管理する「マネージドケア制度」と言います。保険会社が求めるのは、誰もが病院にかからなくてすむこと。だから、予防を目的としたビジネスが次々と起こるのです。

 一方、日本は国民皆保険なので誰もが病院にかかりやすく、保険会社ではなく医師が患者を管理します。例えば、高血圧で病院にかかるのは、アメリカであれば年に1回程度。あとは血圧計のアプリで管理しなさい、となります。日本だと医師が患者の状態を心配するので、毎月のように通院することになります。

私は日本で僻地医療に携わっていた経験から、こうした日本の仕組みの中で時々無駄を感じました。おばあちゃんが「肩が痛いから湿布をください」と言うけれど、往診に行くと、押入れから未使用の湿布がどっさりと落ちてくる。今、問題になっている使わない薬もそうです。誰でも医師にアクセスできて保険があるから、治療にカネがかかるという意識が薄らいでしまう。医療費が膨張して、破綻寸前まできてしまった所以です。

 では、国民皆保険は廃止した方がいいかというと、それは無理でしょう。どうしたらいいかと私なりに考えると国民皆保険という前提を残したまま、医療の無駄をなくす効率化しかないと思っています。この効率化が思わぬ形で医療ビジネスを勃興させたのが、アメリカです。これにはいくつかの偶然が重なっているのです。

オバマ×リーマン・ショック×iPhone

 2009年に大統領に就任したオバマの功績に、IT政策があります。「電子政府政策」では政府のオープンデータを活用して、新たなビジネスの創出と官民連携を推進しました。また、医療の効率化を目指して、ITテクノロジーによる「電子医療カルテ」の導入など、質の向上と医療費抑制を目指すと宣言しました。

 ポイントは、前年にリーマン・ショックが起きていたことです。不況によって、ベンチャー企業が次々と倒れました。創薬や医療機器などものづくり系のベンチャーも倒産します。投資先をなくしたのが、ベンチャーキャピタルでした。

 投資先として注目されたのが、オバマが宣言した「医療の効率化」です。地域医療を、医師、薬剤師、スーパーマーケットなどでIoTを使って「みんなで管理しよう」という動きが起きていたところに、運よくiPhoneが07年に登場したばかりでした。iPhoneがIoTを加速させ、さらにセンサーテクノロジーを発展していきます。

 従来型の創薬や医療機器のベンチャーは動物実験や工場設置などでコストも時間もかかるのですが、センサー系のヘルステックは短時間で結果を出せます。センサー技術は小型化と省電力化され、ここに投資が集まると、IoTを使ったヘルスケアビジネスが一気に開花したのです。

 日本ではiPhoneが登場すると、ゲームのベンチャーが台頭し、大きな成功を収めました。ゲームで出発した企業が、今、医療にシフトをする傾向にあります。こうした企業はアイデアベースではなく、しっかりした技術を基盤にした開発に注力した方が日本の社会に向いていると思います。

 先行しているアメリカのヘルステック企業の特徴は、ニーズをしっかりと捉えている点です。スタンフォード大学の「Biodesign(バイオデザイン)」や「Smart X Med」といった医療機器イノベーションのための人材育成プログラムがあり、上場で900億円の価格がついた学生ベンチャーがあります。技術といっても難しいものではなく、IoTです。通院しなくても不整脈を確実に診断できる、センサー技術を用いたものです。保険会社がもっとも喜びそうなデバイスです。

 ニーズを的確に見つけるには、開発者がチームを組んで現場に入ること。そしてチームの面々が異なるバックグラウンドをもっていること。そうしたチームが在宅医療、介護、病院に入り、患者が診断されて治療や手術を受けていく流れを経過観察すること。それが大事です。

 医者自身が気づかないニーズを見つければ、開発した商品やサービスは一気にブレイクします。医療イノベーションとは、いくつもの偶然を生かし、人に入っていくことで生まれるのです。


池野文昭◎浜松市出身。自治医大卒業後、9年間、地域医療に携わる。2001年からスタンフォード大学。13年にVC「MedVenturePartners」を設立。日米双方で医療機器エコシステムの確立に向けて活動中。

文=Forbes JAPAN編集部。