インフルエンザ脳症を疑う3つのポイント

参考:日経メディカル 2018/2/2 まとめ:三和護=編集委員

家族の「普段と違う」は危険信号

 インフルエンザの流行拡大に伴い重症例の報告が目立ってきました。中でもインフルエンザ脳症は年末から増加しはじめ、1月半ばで既に55例に上ります。今後も増加が懸念されますが、インフルエンザ様疾患の患者が受診した場合に、インフルエンザ脳症を疑うポイントは何なのでしょうか――。日本医療研究開発機構(AMED)の研究班で、インフルエンザ脳症ガイドライン2018年版案をまとめた愛知医科大学の森島恒雄氏と奥村彰久氏に聞きました。

 

AMEDの「新型インフルエンザ等への対応に関する研究」班の主任研究者を務める愛知医科大の森島恒雄氏
AMEDの「新型インフルエンザ等への対応に関する研究」班の主任研究者を務める愛知医科大の森島恒雄氏

―― 感染症法で全数把握疾患となっている急性脳症のうち、原因がインフルエンザであるインフルエンザ脳症の報告が増えています。年末の50週に6件、51週に7件、52週には10件と急増、年明けの1週は9件でしたが、2週には17件と跳ね上がりました。死亡例も3例出ています。

森島 今シーズンは例年にない大流行となっていますから、インフルエンザ脳症のような重症例も増えることが懸念されます。

―― インフルエンザ様疾患の患者が受診した際、どのような症状があったらインフルエンザ脳症を疑うべきなのでしょうか。

森島 今回、小児神経外科医を中心メンバーに、9年ぶりに改訂したインフルエンザ脳症ガイドライン2018年版の案では、これまで同様、インフルエンザ罹患時に何らかの神経症状を伴って一時医療機関を受診した症例を想定して、どのような場合に「二次・三次医療機関への紹介」の適応となるのかを示しています。2018年版案では、症候群部類、特殊治療、リハビリテーションの3項目を中心に内容を拡充しました。脳症を疑った場合の初期対応など、基本的なところは前のガイドライン(2009年版)と変わっていません。

―― 疑い例はインフルエンザの診断が前提となるということですか。

森島 ガイドラインでは、インフルエンザの診断は「インフルエンザ菌原検査(いわゆる迅速診断キット)陽性」を基本としています。もちろん、インフルエンザ発症初期には抗原検査がしばしば陰性を示すことがありますから、周囲の流行状況や急な高熱などの臨床症状をもとに暫定的に診断することもあり得ます。その場合は、「抗原検査の再検査やPCR法ウイルス分離などにより、診断を確定することが望ましい」としています。

―― 何らかの神経症状とは、具体的にどのようなものでしょうか。

森島 インフルエンザ関連脳症の主な初期神経症状として、意識障害、けいれん、異常言動・行動が挙げられます。インフルエンザにこれらの神経症状を合併して一時医療機関を受診した場合の初期対応ついては、図1にまとめています。

図1 インフルエンザ脳症が疑われる症例の初期対応(インフルエンザ脳症ガイドライン2018年版案から。図2、3、表1~3も)
図1 インフルエンザ脳症が疑われる症例の初期対応
(インフルエンザ脳症ガイドライン2018年版案から。図2、3、表1~3も)

 

家族の「普段と違う」は危険信号

―― 意識障害がある場合は、「二次または三次医療機関へ初回する」というフローになっています。

森島 意識障害は、インフルエンザ脳症の神経症状の中で最も重要なものです。「インフルエンザ罹患時に明らかな意識障害が見られる場合は、速やかに二次または三次医療機関へ紹介する」というのが基本です。例えば軽度の意識障害は、診断が容易でない場合があり得ます。その場合も含めて、意識が清明であるという確信が持てない場合は二次または三次医療機関へ紹介することを考慮する、となっています。軽度の意識障害でも、家族が「普段と違う」と話すことがあります。これを重要な危険信号と捉えて、脳症を疑ってみることが必要です。

 意識レベルの判定法を表1~3に示しました。わが国では Japan Coma Scale が広く用いられています。Japan Coma Scaleは多くの医療従事者が知っており、理解もしやすいのです。一方、近年は Glasgow Coma Scale が用いられることが多くなっています。その乳幼児用改訂版も知られています。実際には、使い慣れているものを使用すればよいと思います。

表1 Japan Coma Scale
表1 Japan Coma Scale
表2 乳幼児の意識レベル判定法
表2 乳幼児の意識レベル判定法
表3 Glasgow Coma Scale
表3 Glasgow Coma Scale

 

けいれんも初発神経症状の1つ

―― けいれんも初発神経症状の1つに挙がっています。

森島 インフルエンザ罹患時にけいれんを認めた場合、熱性けいれんの分類に準じて単純型・複雑型(複合型)に分けて、それぞれについて対応を示しました。

―― 単純型けいれんにはどういう特徴がありますか。

森島 単純型とは、(1)持続時間が15分以内、(2)繰り返しがない、(3)左右対称のけいれん――を指します。単純型の場合、来院時に意識障害がなければ経過観察でよいのですが、しばしばpostictal sleep(発作後の睡眠)の状態で来院することがあります。この場合は、意識の回復が確認できるまで病院内で様子を観察することが必要です。患児が覚醒し意識障害がないことが確認されれば経過観察としてよいのですが、概ね1時間以上覚醒が見られなければ、二次または三次医療機関へ紹介します。なお「1時間」はあくまで目安であり、紹介の判断は担当医に委ねられています。

 経過観察の途中で明らかな意識障害が認められた場合や意識障害の増悪が見られた時は、速やかに二次または三次医療機関に紹介するのが基本です。

 また、けいれんに異常言動・行動が合併する場合には、単純型であっても「二次または三次医療機関に紹介する」の適応となります。

―― 複雑型の場合はどうなりますか。

森島 複雑型とは、持続時間の長いけいれん、繰り返すけいれん、左右非対称のけいれんなど、単純型以外のけいれんを指します。インフルエンザに伴って複雑型けいれんを認めた場合は、脳症との鑑別が困難なことがあるため、意識障害の有無に関わらず、二次または三次医療機関へ紹介することになります。また、インフルエンザ罹患時には、年長児でも熱性けいれんをおこしやすくなるため、ガイドラインでは「患児の年齢」を複雑型けいれんの判断項目としていません。

 なお、インフルエンザ脳症に伴うけいれんでは、最も注意すべきはけいれん後の意識障害です。本質的には熱性けいれんとは異なる点に留意すべきです。

―― 異常言動・行動が伴う場合も脳症を疑うのでしょうか。

森島 インフルエンザ脳症の初期には、異常言動・行動がしばしば認められます。このため、熱せん妄、脳症へ進展しない異常言動・行動との鑑別が必要となります。

 図1では、インフルエンザに伴い異常言動・行動が認められた場合、(1)連続ないし断続的に概ね1時間以上続くもの、(2)意識状態が明らかに悪いか悪化するもの――を二次または三次医療機関へ紹介する適応としています。一方で、異常言動の間歇期には意識障害を認めないもの、または異常言動・行動が短時間で消失する場合は、経過観察の適応としました。「1時間」もあくまで目安であり、紹介の判断は担当医に委ねられます。

 また、けいれんで指摘した通り、異常言動・行動とけいれんが合併した場合は、二次または三次医療機関に紹介する適応となります。ガイドラインに異常言動・行動の例を示していますので参考にしてください(インフルエンザ脳症ガイドライン2009年版、この部分は2018年版案でも踏襲しています)。

 ここまで見てきた一次医療機関の初期対応では、オーバートリアージになることがあり得ます。しかし、インフルエンザ脳症の重症度と、早期診断・早期治療により予後を改善できる可能性から、やむを得ないと考えます。この点をご理解いただければと思います。

―― 奥村先生にうかがいます。インフルエンザ脳症の疑いとして紹介を受けた医療機関での対応はどうなりますか。

奥村 インフルエンザ脳症の診断指針(図2)としてまとめています。

図2 インフルエンザ脳症の診断指針
図2 インフルエンザ脳症の診断指針
愛知医科大の奥村彰久氏
愛知医科大の奥村彰久氏

 図2は、来院時から診断・治療開始に至るまでの流れを示したものです。森島先生が指摘していたように、インフルエンザ脳症では、意識障害が診断において最も重要です。頭部CTや頭部MRIも診断において最も有用であり、可能であれば速やかに施行されることが望ましい検査です。脳波については、時間外(夜間)に施行できる施設に限られますから、別項(その他の検査)で扱っています。また、血液・尿検査の異常はインフルエンザ脳症ではしばしば認められるものです。ただし、神経所見・頭部CT・MRI所見と併せた評価が必要であるため、これらの検査も別項(その他の検査)としています。

―― 二次、三次の医療現場では、この指針をもとに診断するのですか。

奥村 このフローチャートによって、急性の経過をたどる脳症を早期に診断できます。しかし、二相性経過をたどる脳症(けいれん重積型[二相性]急性脳症[AESD])では、第1~3病日に意識レベルがいったん回復することが多いため、この指針による早期診断はしばしば困難です。

―― 他の疾患と鑑別することが明記されています。

奥村 意識障害を来たす他の疾患と鑑別することが重要です。特に、中枢神経系感染症(細菌性髄膜炎、ウイルス性脳炎など)、代謝異常症(糖尿病性昏睡、低Ca血症、尿素回路異常、有機酸・脂肪酸代謝異常)など、小児期に後発する疾患には注意が必要となります。インフルエンザ尿症の鑑別診断については、ガイドラインにリストを掲載しています(インフルエンザ脳症ガイドライン2009年版、この部分は2018年版案でも踏襲しています)。

 なお、急性脳炎(感染症が関与すると思われる急性脳症を含む)は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」で、全数調査の対象(五類感染症)となっています。診断した医師は7日以内に地域の保健所長に届け出る義務があります。

―― インフルエンザ脳症の治療の実際について、ご解説ください。

奥村 ガイドラインではインフルエンザ脳症の治療指針も示しています。インフルエンザ脳症治療の概略は概念図(図3)の通りです。

図3 インフルエンザ脳症治療の概念図
図3 インフルエンザ脳症治療の概念図

 治療指針は、患者の治療を行う医療担当者をサポートし、治療の成功に資することを目的として作成したものです。最終的に患者の予後を改善することが目標です。しかし、実際の医療現場では、この指針の内容が実施困難な場合もあるだろうし、一方では別のアプローチもあり得るでしょう。こうした現場の判断に方向性やヒントを与える意味で大きな助けとなることがこの指針の目的です。決して、実際に患者の治療を行う医療者の選択肢を縛るものではないのです。

―― 指針が示している治療法とは。

奥村 インフルエンザ脳症は、発症が急激で、症状の進行も早いのです。治療指針ではインフルエンザ脳症と診断される前の段階から十分な支持療法を行うことを、大きな柱としています。この中にはPALS2015に基づいた全身管理、けいれん重積状態への対処、体温管理、脳圧亢進の対処。搬送が含まれています。

 意識障害の遷延、脳波や画像検査の異常に基づいて脳症が確定、あるいは脳症の疑いと診断された段階で、特異的治療を考慮します。抗ウイルス薬には脳症自体への治療効果、ないし予防効果は証明されていないのですが、インフルエンザの病状が早期に改善することを介しての効果が期待されます。

 脳症は入院管理が原則であるので、異常行動が生じても対応が可能です。

 ガンマグロブリン大量療法は広く施行されており、川崎病などの診療で小児科医が習熟していますので、得意的治療として採用しています。

 メチルプレドニソロン大量療法(パルス療法)は比較的簡便に施行でき、早期に施行するほど有効性が期待できるとされています。副作用も限定的で小児科医の経験も少なくないため、疑い例で施行できる主要な特異的治療としました。

 特殊療法としては脳低体温療法、血漿交換療法、シクロスポリン療法、アンチトロンビンⅢ大量療法が初版で提示されました。これらの治療については、明らかなエビデンスを得ることは困難な状況です。施行にあたって経験や環境を要するのも事実です。また、必ずしも一律に推奨できるものではありませんが、フリーラジカル消去作用を期待したエダラボンも、採用しています。ガイドライン2018案では、これらに加え、脳平温療法、NMDA受容体拮抗薬、ミトコンドリアカクテル、トロンボモジュリンも記載しています。

―― 治療指針の概念図にはリハビリテーションも含まれています。

奥村 今回の改訂で拡充された部分です。インフルエンザ脳症の予後は、我々の研究初期には急性期死亡例が30%、後遺症例が25%でした。その後少しずつ予後が改善しています。身体障害を残さない例が多いですが、残した例では四肢麻痺が多いという特徴があります。また、精神障害としては、知的障害、てんかん、高次脳機能障害が多いのですが、症状の種類、程度はさまざまです。

 インフルエンザ脳症後遺症に対するリハビリテーションは、他の原因による急性脳炎・脳炎後遺症のリハビリテーションと基本方針は同じです。また脳性麻痺などのリハビリテーションと共通する点が多いのです。

 インフルエンザ脳症におけるグリーフケアについても取り上げています。医療体制の整備にもかかわらず、不幸にしてインフルエンザ脳症で亡くなる子どもたちが少なからず存在するからです。

―― 改定されたインフルエンザ脳症ガイドライン2018は、いつごろ発行されますか。

奥村 パブリックコメントなどの手続きを経てからですので、今後1カ月ほどで発行できると思います。