健康長寿は何で決まる? 医師が考えた鍵は「メタボリックドミノ」

参考:日経Gooday 2018/2/16 梅方久仁子=ライター

第1回 人生100年時代は、生活習慣病を“手前”で治す

 100歳以上の人口が7万人に迫り、今生まれた子供の半数は100歳以上生きられるといいます。人口が減少し超高齢社会に突入した日本では、人生後半の生き方が大きく変わろうとしており、政府も「人生100年時代構想会議」を立ち上げて盛んに議論しています。
 長寿の謎に挑む医学研究の第一人者である、慶應義塾大学医学部教授伊藤裕氏に、臓器間連関、腸内細菌、長寿遺伝子など、鍵を握るトピックについて聞きました。

 

急増する100歳以上の高齢者に共通する特徴は?

 日本では、100歳以上生きる人が急増しています。100歳以上の高齢者は、1995年には6000人余りだったのが、2017年には6万7824人と、20年ほどで10倍以上になっています。

100歳以上の高齢者数の推移 住民基本台帳に基づく100歳以上の高齢者数(出典:厚生労働省) [画像のクリックで拡大表示]
100歳以上の高齢者数の推移
住民基本台帳に基づく100歳以上の高齢者数(出典:厚生労働省)
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 それでは、どのような人が100歳以上生きられるのでしょうか。慶應義塾大学医学部には、100歳以上生きる高齢者の医学研究を行う「百寿総合研究センター」があります。そこでは、長生きの人の体や生活習慣を調査することで、健康長寿を支える要因を見つけることを目的に研究が続けられています。

 例えば、百寿総合研究センターで100歳以上の高齢者の持病を調べたところ、糖尿病の人が少ないことが特徴だったといいます(「『100歳』生きる人に学ぶ“長寿のメカニズム”」を参照)。なぜそうなのか詳しくは分かっていませんが、健康長寿を考えるうえで糖尿病など生活習慣病が鍵を握っていることは間違いないでしょう。

病気の連鎖を食い止めれば健康寿命は延びる

 生活習慣病が怖いのは、時間の経過とともに高血圧、耐糖能障害、脂質異常症などが連鎖的に起こり、命に関わる病気へと発展していくこと。逆に、早い段階で生活習慣を改めるなどの手を打てば、将来寝たきりなどになるリスクを下げられ、「健康寿命」(自立して生活できる期間)を延ばすことができます。

 このような病気の連鎖を図式化したのが「メタボリックドミノ」です。これは、百寿総合研究センターの副センター長を兼務し、慶應義塾大学医学部の「腎臓内分泌代謝内科」に所属する教授の伊藤裕氏が世界で初めて提唱したものです。

生活習慣病から連鎖的に危険な病気が起こる「メタボリックドミノ」

伊藤氏が提唱する「メタボリックドミノ」とは、生活習慣から肥満、高血圧、耐糖能障害、脂質異常症などが連鎖的に起こり、危険な病気へと発展するもの。ドミノが倒れるように、時間の経過によって病気が連鎖的に起こるが、早期の生活改善などによってドミノの倒壊を防ぐことが重要だ(日本臨床 2003;61:1837-43をもとに作成)[画像のクリックで拡大表示]
伊藤氏が提唱する「メタボリックドミノ」とは、生活習慣から肥満、高血圧、耐糖能障害、脂質異常症などが連鎖的に起こり、危険な病気へと発展するもの。ドミノが倒れるように、時間の経過によって病気が連鎖的に起こるが、早期の生活改善などによってドミノの倒壊を防ぐことが重要だ(日本臨床 2003;61:1837-43をもとに作成)[画像のクリックで拡大表示]

 「ドミノ」という例えを用いているのは、時間の流れとともにドミノが倒れるように次々と病気が起こることが、わかりやすく理解できるからだといいます。そして、早い段階で食事や運動など生活習慣を見直せば、「ドミノの進行を食い止めたり、一度倒れたドミノが元に戻ることもあり得る」(伊藤氏)。そうなれば、健康寿命を延ばすことも可能なのです。

 この特集では、100歳以上を生きる時代に、健康長寿をどのように実現するかについて、伊藤氏とともに掘り下げていきましょう。

「健康寿命」を考えるだけでは、人は幸せになれない?

 伊藤さんの所属する慶應義塾大学の腎臓内分泌代謝内科では、「健康長寿の現実」を掲げて診療されていると聞きました。

慶應義塾大学医学部教授の伊藤裕氏 [画像のクリックで拡大表示]
慶應義塾大学医学部教授の伊藤裕氏
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 伊藤 私の所属する教室は、全国の医学部内科教室としては珍しいのですが、腎臓、糖尿病、内分泌という3つのグループがあって、それぞれ連携して診療を行っています。それにより、肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症、動脈硬化症、腎臓障害、がんなどを総合的に理解し、患者さんの体全体を見て、生涯にわたって付き合っていくことを目標にしているのです。

 健康長寿は私がずっと取り組んできたテーマで、百寿総合研究センターの副センター長も兼務しています。今、生まれた子供の半分は、100歳まで生きるといわれています。それでは、その100年間をどう生きるのが幸せなのか。医師なら誰もが考えるべき課題です。

 平均寿命が延びるだけでは、いろいろな問題が起きることが予想されます。

 伊藤 このところ、平均寿命に対して「健康寿命」が大切だと言われています。平均寿命が伸びても、健康でいられる期間(健康寿命)はそれより10年くらい短い。だから、できるだけ健康寿命を延ばしましょうということですね。でも、私はそれでは不十分だと思うんです。

日本における平均寿命と健康寿命の推移

平均寿命と健康寿命の差は、やや縮まりつつあるものの、依然として男女とも10年前後の期間がある(厚生労働省 「第2回 健康日本21(第二次)推進専門委員会」資料、2014年より) [画像のクリックで拡大表示]
平均寿命と健康寿命の差は、やや縮まりつつあるものの、依然として男女とも10年前後の期間がある(厚生労働省 「第2回 健康日本21(第二次)推進専門委員会」資料、2014年より)
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 私は、「幸福寿命」ということを考えました。私たちは、みんな「幸福」であることを望んでいます。100歳まで生きる時代に、みんなが死ぬまで幸せでいるには、どうしたらいいのでしょうか。

 幸福であることと健康であることは、イコールではありません。健康は、幸福のための1つの条件です。でも、健康でなくても幸福を感じることはできます。例えば、がんを宣告され、生きられる時間が長くはないとわかった後のほうが、人生が輝いたという人がたくさんおられます。

「生きたい」と望む理由があればこそ

 となると、患者にとって「幸福」とは何でしょうか?

 伊藤 幸福とは、人が「生きたい」と望む理由です。ですから、患者さんの幸福はどこにあるのだろうと、医師は真面目に考えるべきです。

いつまでも健康で幸せに生活するにはどうすればいいだろうか?(c) stylephotographs-123RF
いつまでも健康で幸せに生活するにはどうすればいいだろうか?(c) stylephotographs-123RF

 今、目の前にいる、慢性疾患の患者さんは、明日すぐ死ぬようなことはありません。でも、このまま放っておいたら、5年後には危ないぞ、心筋梗塞など命を脅かす病気が起こる確率がかなり高いぞ、と思ったら、「絶対に、対策を真面目にやったほうがいいですよ」と、真剣に言います。すると、患者さんは、わりあい言うことを聞いてくれます。それは、医師が「親身になっている」ことが患者さんにも伝わるからでしょう。

 特に我々のような慢性疾患を扱う医師は、親身になる必要があります。例えば外科医なら、胃がんを手術で切ったらその時点で一応治療は終わります。でも、慢性疾患は基本的には完治しませんから、いったん患者さんとの関係ができたら、患者さんがケンカして来なくならない限り、死ぬまで付き合います。すると、否が応でも、我々はその人の「将来」を予想するようになります。

鍵を握る「メタボリックドミノ」

 将来を予測して付き合い続けることの重要性は、伊藤さんが2003年に提唱した「メタボリックドミノ」からもわかりますね。

 伊藤 メタボリックシンドロームという状態では、心臓、脳、腎臓といったいろいろな臓器が同時に悪くなっていきます。しかも腎臓に変化があると心臓に変化が表れるという具合に、臓器間で複雑に関係しています。体の中全体をまんべんなく見なければ、病気を語れない時代になっていったというわけです。

 2003年当時、メタボリックシンドロームについて、医師の間ではようやく知られてきたものの、一般の人にはあまり理解が広がっていませんでした。そこで、生活習慣の乱れから肥満が起こり、それが次々連鎖して重大な病気につながっていく様子を、ドミノ倒しに例えて視覚化することを思いつきました。

 時間の経過とともにドミノのように広がっていく怖さはあるけれど、最初のほうで食い止めれば重症化を防げると伝えたかったのです。ドミノの例えはわかりやすかったようで、多くの人に生活習慣の大切さをわかっていただけたかなと思います。

病気になる前に治療する医療は可能か

 100年生きる時代には、医療のあり方も変わってくるでしょうか。

 伊藤 これからは、重い病気になった人を治すだけではなく、患者さんの将来を見通して、軽いうちに健康な状態に戻したり、健康状態を維持したりする医療が必要だと思います。

 1000年以上前の中国の医書『備急千金要方』に、このようなことが書かれています(*1)。

上医は、いまだ病まざる病を医し、
中医は、病まんと欲するの病を医し、
下医は、すでに病める病を医す。

*1 日本医史学会「日本医史学雑誌 第39巻 第1号」

 

 これは、上医、中医、下医という“医師のランク”についての定義で、現代の医療について考えるうえで示唆に富んでいます。今の医療機関は、病気になった人がやってくるのを待っています。この定義だと、それは下医だということです。すでに起こった病気を治療しているからです。

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 中医は、少し起こった異常を鋭敏にとらえて介入しようということです。これは、最近注目されている「先制医療」(*2)に当たると思います。これでもまだ、上中下の真ん中なんですね。

*2 発症前の診断によって、リスクの高い人に適切な治療介入を行い、病気の発症を未然に防ぐこと

 上医は、異常が発生する前に、病気が起こらないようにします。そうやって、病気ではない状態にずっと保っていく。誰もが100年を幸せに生きる「百寿社会」では、上医が必要になるのではないでしょうか。

 上医の医療がどのように行われるかというと、例えば、病院には行かずに家庭でインターネットを通して健康状態をチェックする、ということもあるかもしれません。

 家庭でネットを通じて医療が行われるようなこととなると、テクノロジーや社会制度の面からも検討が必要になります。

 伊藤 まさにそうです。医療だけを考えていては駄目で、社会、技術のあり方についても議論する必要があります。そのため、「百寿社会の展望」というシンポジウムを、3月17日に開催することになりました。私がシンポジウムの代表世話人です。

 このシンポジウムは、有志の研究者が集まって社会に発信するために開くものです。有志というのは、いうなれば「超高齢社会学術研究」というテーマの奥深さや幅広さに魅了された研究者たちです。これからの日本社会にとって非常に大切なテーマなので、我々自身がもっと勉強したい、せっかくだから勉強して得たものを発信したい、それならシンポジウムをやってみようじゃないか、というわけです。

手探りで進む「超高齢社会研究」

 伊藤 「百寿社会」、つまり、100歳になっても幸せに生きる社会をどう実現するか。私は医師ですから、まずは認知症や寝たきりの人を減らすにはどうしたらいいか、ということを考えますが、ほかにも検討すべきことは山ほどあります。

 年金制度や医療保険をどうするのか、少ない勤労世代でどう高齢者を支えるのか、子育て支援はどうするのか、労働人口が減ってしまうのなら、ITやAIはどのような役割を果たすのか。また、多くの人が亡くなっていく社会では、尊厳死をどう考えるのかも重要なテーマです。

 日本の社会では、猛スピードで少子高齢化が進んでいるので、議論すべき課題は多いわけですね。

「百寿社会の展望」シンポジウムの案内ポスター。象の尻尾から鼻にかけて時間経過を、胴体の幅は日本の総人口、色で年齢層別人口構成を表す。[画像のクリックで拡大表示]
「百寿社会の展望」シンポジウムの案内ポスター。象の尻尾から鼻にかけて時間経過を、胴体の幅は日本の総人口、色で年齢層別人口構成を表す。[画像のクリックで拡大表示]

 伊藤 広く声をかけたら、元京都大学総長の井村裕夫さん、日本医師会会長の横倉義武さんをはじめ、超一流メンバーがシンポジウムの講師として集まってくださいました。

 シンポジウムのポスターを見てください。この象の絵は実は私が描いたのですが、いろいろな意味を込めています。

 尻尾から鼻にかけて時間が流れていて、胴体の幅がその時点の日本の総人口を表しています。また、年齢層別の人口の割合が、色分けされていて、緑色が15歳未満、青色が15歳以上65歳未満、赤色が65歳以上です。

 日本の総人口は2010年くらいに約1億2700万人でピークに達し、その先はどんどん減っています。65歳以上の高齢者人口は1970年に7%を超え高齢化社会に、1994年には14%を超えて高齢社会になりました。そして、2007年には21%を超えて、超高齢社会に突入しています

 現在は象の耳のあたりで、65歳以上がだいたい27%。これが2040年には30%、2060年には40%で、人口の半分近くが65歳以上になります。同時に、総人口がどんどん減っていきます。

 このような超高齢社会は、巨象のようなものです。もし暴走を始めたら、背中に乗っている象使いも振り落とされてしまう。そうならないよう、その正体を知ろうとすることが肝心なのです。

◇       ◇       ◇

 次回は、健康寿命を延ばすための鍵を握る、「臓器間連関」「腸内細菌」「長寿遺伝子」などのトピックスについて、伊藤氏にさらに掘り下げて聞いていきます。

 

「百寿社会の展望」シンポジウム

 今回のインタビューに登場した伊藤裕氏が代表世話人を務めるシンポジウムが開催されます。

会期:2018年3月17日(土)12:50~17:30(開場:12:30)
会場:東京大学伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール

※ご参加には事前参加登録が必要です(参加無料)
※応募者多数の場合は抽選になります

参加申込締切:2018年2月28日(水)正午まで
お申込はこちら

 

(図版制作:増田真一、写真:菅野勝男)

 

伊藤 裕(いとう ひろし)さん
慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授
1957年、京都市生まれ。1983年京都大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科博士課程修了。ハーバード大学医学部、スタンフォード大学医学部にて博士研究員、京都大学大学院医学研究科助教授を経て、2006年から現職。現在、日本内分泌学会代表理事。専門は糖尿病血管合併症、高血圧、再生医学、抗加齢医学と多岐にわたり、“内臓のプロフェッショナル”として活躍。メタボリックシンドロームと糖尿病などの生活習慣病、心臓病、慢性腎臓病、脳血管障害の関連を明らかにした「メタボリックドミノ」を世界で初めて提唱する。主な著書は『なんでもホルモン』『臓器の時間』『健康は「内臓さん」で決まる』など多数。