塩は人を幸せにするか

参考:日経メディカル 2018/3/1 村川裕二(帝京大学溝口病院)

 

足元に雪の残る神楽坂。
夕闇の赤城神社辺りで小道に入れば……見知らぬ「のれん」。
熱かんを注文したら、好物の<このわた>が出てきました。
2本目のお銚子。小田原の<塩辛>。
降圧薬を4つも飲んでいる身の上……「減塩せぬとな」と思わぬでもなし。
……なのに、後に続いた「しめ鯖」がしょっぱい。
そんなわけで、今回はふと、「塩」のことを……。

甲斐の塩

ホントに上杉謙信は武田信玄に「塩を送った」のか?
信玄が感謝の印として送った名刀が今も残っています。
なれば、「謙信は親切で塩を送った」はず。
ところが、<北条の塩が途絶えた甲斐の苦境>に際し、<これはビジネスチャンスと、越後商人に塩を高値で売らせた>というのが事実らしいです。
ならば、なぜ信玄は「かたじけなし」と思ったのでしょうか?
探っていけば、「せめて売り渋りをせぬだけでも、ありがたい」と思ったのではと推測されています。

そこに塩はない

ブラジルの先住民、<ヤノマミ族>。
1日の塩分摂取は、日本人の10分の1。
たった1g。
収縮期血圧が100mmHg以下の人が多いです。
尿に排泄されるNaClは、ほぼゼロ(下図、国立循環器病研究センター ウェブサイトより)。

超減塩ゆえに……。
→循環ボリュームが減る→血管を収縮させて代償したい→レニン・アンジオテンシン系が亢進
「パンパンに緊張した状態」→蛇に噛まれる→蛇毒のアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害ペプチドが体内に入る→アンジオテンシンⅡができない→ショックになる
……という事情を背景に研究が進みました。
1965年に、蛇毒からブラジキニン作用増強ペプチドが見つかります。
1971年に、蛇毒から6種類のACE阻害ペプチドが分離されました。
ほとんどがキニナーゼⅡ阻害ペプチドと同じものでした(下図)。

もともと、キニナーゼⅡ=ACEだったからです。
ACE阻害薬の開発は、スクイブ社(当時)が先頭を走りました。
当初は静注薬のみでしたが、1977年に経口薬カプトプリルを発表しています。
たちまち、スクイブ社の株価は上がりました。

ヤノマミ族のお年寄り

血圧は塩分だけでなく、ストレス、年齢、BMIなど影響する因子が多いです。
ところが超減塩のヤノマミ族は、高齢になっても血圧は上昇しません。
とことん極端な減塩は、それだけで決定的な降圧作用があるのでした。

食塩非感受性でも

塩分摂取と血圧との関連は、<濃い人>と<薄い人>がいます。
●食塩感受性高血圧
●食塩“非”感受性高血圧
の2タイプ。
最近の研究で、食塩感受性高血圧は……
食塩摂取→β2アドレナリン受容体刺激→腎臓のナトリウムを再吸収が亢進というプロセスとそれに関わる分子生物学的メカニズムが報告されています。
難し過ぎて、詳しいことは忘れました。

食塩の影響に個体差があるなら

「食塩“非”感受性高血圧なら塩分を気にしなくていいのじゃないの」という疑問も起きます。
高血圧専門家に「なんで?」と質問してみました。
そしたら、「<あなたは減塩してください。お宅は減塩しないでいい>なんて、いちいち分けるのは面倒くさいじゃないですか」と言われました。
さらに、世の中の食習慣として「全国民で減塩」とモットーにしないと、健康増進のトレンドに勢いがつかないという思惑もあるそうです。
さはさりながら、中年のお父さんが<塩辛>をさかなに2合の獺祭を飲むのは、ガイドライン上はクラスⅢよりも、クラスⅡbとするほうが文化的じゃないでしょうか。

高血圧でなかったら

食塩感受性の気配もなく、高血圧でもなければ減塩は不要ですか?
ここが正直、よく分からない。
「過剰な塩分は血圧以外のルートを介して脳卒中を増やしている」という意見もあります(Perry IJ et al. J Hum Hypertens. 1922;6:23-5.)。
「塩分摂取が多いと食べる量も増える」という説もあります。
他にも、食塩の「血圧を介さない経路での悪影響」はあるかもしれませぬ。

国技館の塩

1月の日曜日、総武線両国駅に降りて国技館に向かいます。
2時半は、まだ幕下最後の取り組み。
ビールを飲み始めます。
十両を過ぎて、幕内土俵入りの頃には眠くなります。
NHKのテレビでは、<懸賞のアナウンス>が消えています。
「さけ茶づけの永谷園」も「味ひとすじの永谷園」も「たらこ茶づけの永谷園」も聞こえません。
だから、<永谷園>がすごい数の懸賞を出していることが、実感としては国民に伝わっていません。
<高須クリニック>も<伯方の塩>も多いです。
「土俵にも<伯方の塩>をまいているのか」を調べると、1987年から東京場所では使っていました。

塩の中身

白身の<お造り>をお醤油でなく、岩塩で食べる。
高田馬場の店で「ミネラル豊富で、おいしいですな」とウンチクを傾ける人がいました(冒頭のイラスト)。
よく分からないけど、「ごもっとも」とうなずきました。
ところが、岩塩はNaClがダイレクトに結晶化しているので、
●ミネラルはごく少なくて
●海水からの塩より「辛い」
……のでした。
知らなかった。
<伯方の塩>は海の水から、「流下式枝条架併用塩田(りゅうかしきしじょうかへいようえんでん)」で作ります。
原料が海水のほうがマグネシウムやカルシウムがそれなりに残るんだとか。

浮かぶか凍るか

人がプカプカ浮かぶ「アラビア半島の死海」。
江ノ島の海水は3%なのに、死海は30%。
浸透圧が殺人的。
溺れないけど、飲み込むと危険。
死海はさらに縮小して、濃くなる一方らしいです。
一方、薄味の海水もあります。
例えば、オホーツク海はよそより、0.2%低いです。

脳が喜ぶか

甘い→脳に快感。
脳の快楽を誘導するドパミンに依存する「脳内報酬系」が関わっています。
塩分はいかに?
甘味とちと違うようです。
<おいしさ>の要素は、4種類に分けられています(山本隆 科学基礎研究1999;27:1-8.)。
●味覚・嗅覚―素直に舌が感じる
●経験・記憶―お母さんのカレーがおいしい
●生理的に求める―汗をかいた後の塩分
●観念的―キャビアは貴重品→おいしくないはずがない
塩のうまみも、これらの組み合わせで説明できそうです。
味覚と嗅覚を構成する神経だけでなく、視床下部や大脳皮質など関係者が多すぎて、かなり複雑。

世界はどうなっている

日本は「減塩ダイイチ」だけど、世界の人々はいかに。

最近のレビューでは、地球の人口の90%は、1日の食塩換算で6.7~12.6gのゾーンに入っていると推測されています(Graudal N. Am J Hypertens. 2016;29:543-8.)。

こうなると、<1日食塩6g以下が目標>ではヤノマミ族などの例外を除いて、ほぼ全ての地球人に減塩を求めることになります。

かなり大変。

以下、塩にまつわる話、まとまらぬままおしまい。

また余談……A friend in need is a friend indeed

30年以上前……。
医局に、F製薬の新入社員が顔を出すようになりました。
ある日……。
「証券会社に入った大学の同期生」の話を切り出します。
「投資信託の割り当てをこなせず、困っています」
「年6%、満期2年で12%。助けていただけませんか」
その友達の苦境に同情して、数日後、言われるままに協和銀行大塚支店で200万円を振りこみました。
それから、互いにあちこち渡り歩いて、会うこともなくなりました。
忘れてはいないけど、投資信託は記憶の彼方。
やがてメリーランドから帰ってきて、関東中央病院に勤めていた頃……。
満期2年をかなり過ぎている。気になり始める。
そこで、清算すると当初の話どおりに<元金+12%>が戻ってきました。
友人思いのF製薬の若者は、エラくなっているでしょうか。証券会社の同級生は今いずこ。
以上、「人生ただ一度の資産運用」の顛末。

■訂正 2018年3月6日に以下を訂正しました。

・小見出し「世界はどうなっている」から2行目に「最近のレビューでは、地球の人口の90%は、1日の食塩摂取量2.6~4.9gと望ましいゾーンに入っています」とありましたが、食塩摂取量はナトリウム摂取量の誤りでした。「最近のレビューでは、地球の人口の90%は、1日の食塩換算で6.7~12.6gのゾーンに入っていると推測されています」と修正し、「ところが、スーパー減塩を信奉する人たちは、1日2.3g未満を推奨しているそうです。ちょっとクレージー」を削除しました。お詫びして訂正いたします。