歯科治療で死亡事故発生…意外に恐ろしい麻酔とデンタルショックの話

参考:Business Journal 2018.02.28 文=林晋哉/歯科医師

 2月20日に、歯科治療が原因とされる死亡事故の報道がありました。昨年7月に虫歯治療を受けた2歳女児が死亡したというもので、痛ましい結果に言葉もありません。

 記事からは、治療した歯の部位や症状、治療手順、容体急変後の対処等の情報が得られませんので、正確に検証することはできませんが、重大な結果は歯科医として他人事ではないですし、記事中のいくつかのキーワードを基に考察することで、治療者、受診者双方にとって再発防止の一助となれればと思います。

 記事中の「キーワード」で報道を整理すると、以下のようになります。

  • 亡くなったのは「2歳女児」
  • 治療は子どもの治療を専門とする「小児歯科医院」
  • 使われたとされる麻酔薬は、歯科治療は元より一般医科でも局所麻酔剤として世界中で最も使われる「リドカインを成分とする麻酔薬(商品名:キシロカインなど)」
  • 亡くなったのは治療の2日後

 そして警察による司法解剖の結果、死因は「急性リドカイン中毒による低酸素脳症」とみられ、業務上過失致死の疑いも視野に捜査されているようです。

 前提として、歯科治療中、または歯科治療が原因とされる死亡事故は極めてまれですが、結果が重大なので必ず報道され、記憶に残ります。過去には、「歯科治療用のフッ化ナトリウム(NaF)と間違えて、毒物のフッ化水素酸(HF)を女児の歯に塗布してしまい死亡(1982年)」や、「抜歯した歯を口の中に落としてしまい、その歯が器官に詰まった窒息死(86年)」、今回と同じように「麻酔後に4歳の女児が死亡した事故(2002年)」などが起こっています。

 また、インプラント手術中に動脈を傷つけたことによる死亡事故などが挙げられます。これは、業務上過失致死罪で起訴され、禁錮1年6カ月、執行猶予3年の有罪判決が13年に東京地裁で言い渡されています。

 今回の事故の死因は「急性リドカイン中毒による低酸素脳症」とされていますので、歯科用の局所麻酔に絞ってみても、死亡事例は少ないです。麻酔剤アレルギーでのアナフィラキシーショックや、痺れなどの後遺症が残ってしまったケースなどは、死亡例よりは多いようですが、きちんと調査した論文などが見当たらないため、発生頻度などを正確な数字で論じることはできません。

 しかし、歯科治療はドリルを使って歯を削る作業が主で、痛みや苦痛を想像して受診前から過剰に緊張している場合などもあり、重篤な症状に至らなくとも、何かのきっかけでショック症状を起こすことがあり、これらを歯科特有の「デンタルショック」と呼んでいます。

デンタルショック

 デンタルショックは歯科治療時に起こるショック症状で、次の4つが代表的なショックです。

(1)疼痛(とうつう)性ショック

 歯を治療するときの痛みが原因となって、反射的に脳の循環障害を生じた場合に起こる。気分が悪く、吐き気がするようになり、また顔色も悪くなる。特に、患者が恐怖心を抱いたり、不安な状態で精神的に緊張しているとショックを起こしやすい。口の中の注射、歯の切削、歯髄の摘出等の際、恐怖心を抱いていると、その痛みの刺激で三叉(さんさ)迷走神経反射が起き、血圧降下、脈拍減少など、脳貧血の症状を呈する。予防のためには、恐怖心を和らげるほか、無痛処置などの疼痛抑制法がとられる。

(2)局所麻酔剤中毒

 局所麻酔剤の使用量が多すぎるとき、血中の局所麻酔剤の濃度が上昇し、中枢神経や心臓を抑制するために生じる。しかし、歯科治療時の局所麻酔剤は量が少ないため、中毒を起こす可能性は低い。

(3)局所麻酔剤のアレルギー

 麻酔剤に対して過敏な人に、この麻酔剤を投与するとショック症状を起こす。防止するためには、あらかじめ局所麻酔剤の過敏反応のテストを行う。また、ラテックスアレルギーを持つ患者は歯科医のゴム手袋によって腫脹やじんましん、ぜんそく発作、アナフィラキシー反応などのアレルギー症状を起こすことがあり、注意が必要である。

(4)血管収縮剤と心疾患

 普通、局所麻酔剤には、麻酔効果の延長と急性中毒の防止のために血管収縮剤が含まれている。なかでも、もっとも多く用いられているのがアドレナリンである。しかし、アドレナリンは心臓を刺激するため、心疾患のある人には悪影響(心機能不全による肺水腫やショック)を及ぼすことがある。予防のためには、前もって心疾患の有無を確認することが必要である。[土谷尚之]
(出典:「日本大百科全書(ニッポニカ)」<小学館>)

 ここでも(1)以外の3項目で挙げられるように、麻酔は慎重に扱わなければなりません。今回の不幸な事故も、麻酔に起因されたものとされています。しかし、歯科では麻酔を使っての無痛治療はなくてはならず、麻酔なしの歯科治療は成り立ちません。子どもへの治療でも頻繁に使われます。安全性の高い薬剤ですが、たとえ少量でも誤って血管内に打ってしまうと、血管内を逆流して外頸動脈、総頸動脈から内頚動脈を経由して脳に至り、中枢神経症状が出現し、低酸素脳症を起こしてしまう場合があり、今回の事故はこれに当たるのではないかと思われます。

 通常、飲み薬を含め薬の使用量は年齢と体重で決まります。特に2歳児ということを考えると、身体も未発達ですし、体重も大人の10分の1ほどですので、ごく少量でも反応してしまった可能性があります。いずれにしても、麻酔はより細心で慎重な取り扱いをしなければなりません。

 今回の事故も、麻酔の打ち方とその量、打った部位、麻酔接種後の患者の観察、容体急変後の適切な処置(救急救命)に落ち度があったのではないかと推測できます。

 一般に歯科医は、救急救命処置の方法などに疎い場合が多いので、救急救命処置法の受講を義務付け、歯科医の緊急時の対応能力向上を図る制度なども必要です。

 また、食物アレルギーをはじめ、なんらかのアレルギーを持つ人は、子ども、大人問わず増えているのも事実なので、まず薬剤アレルギーの有無を調べてくれる医療機関もありますので、心配な方は受診されるといいでしょう。

 また、歯科治療を受ける際に、デンタルショックに対応できる対策が整っていることを歯科医に確認しておくことも忘れてはいけません。
(文=林晋哉/歯科医師)

参考資料
局所麻酔による全身的偶発症http://www.showayakuhinkako.co.jp/medical/odt/odt04.pdf

局所麻酔薬リドカイン(キシロカイン)アレルギーの有無を診断(埼玉医科大学)
http://www.saitama-med.ac.jp/hospital/center/allergy.html

●林 晋哉(歯科医師)
1962年東京生まれ、88年日本大学歯学部卒業、勤務医を経て94年林歯科を開業(歯科医療研究センターを併設)、2014年千代田区平河町に診療所を移転。「自分が受けたい歯科治療」を追求し実践しています。著書は『いい歯医者 悪い歯医者』(講談社+α文庫)、『子どもの歯並びと噛み合わせはこうして育てる』(祥伝社)、『歯医者の言いなりになるな!正しい歯科治療とインプラントの危険性』(新書判)、『歯科医は今日も、やりたい放題』(三五館)など多数。近著は『入れ歯になった歯医者が語る「体験的入れ歯論」:―あなたもいつか歯を失う』(パブフル)。
林歯科HP:http://www.exajp.com/hayashi/