第90回アカデミー賞でメーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘さん(中央)=ロイター

28度目のアカデミー賞受賞、映画を支えたニッポンの技術

参考:日本経済新聞電子版 2018/3/5
日本経済新聞電子版 2018/3/5

 米ハリウッドのドルビー・シアターで4日(現地時間)、第90回アカデミー賞受賞式が行われ、メーキャップ&ヘアスタイリング賞を辻一弘氏が日本人として初受賞しました。出演者を特殊メークでチャーチル元英首相そっくりに仕立てる技術が高い評価を受けたといいます。アカデミー賞を日本が受賞したのは今回が28度目です。商の歴史を振り返ると、日本が磨いてきた技術力が世界の映画芸術に貢献してきた姿が浮かび上がります。

第90回アカデミー賞でメーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘さん(中央)=ロイター
第90回アカデミー賞でメーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘さん(中央)=ロイター

 日本の存在感が際立っているのは「アカデミー科学技術賞」です。特定の映画に直接、関わる形ではなく、映画芸術の発展に寄与した技術や技術者に対して贈られます。日本は72年の第45回アカデミー賞から10度も受賞しています。

 受賞者の所属を企業別に見ると、富士フイルムが最多で3回を数えます。ソニーとキヤノンが2回、ニコンとイマジカ(現イマジカ・ロボットホールディングス)が1回、共同で受賞しました。08年に受賞した坂口亮氏は独スキャラインVFX社、15年に受賞した中垣清介氏は英ザ・ファウンダリー社に所属していました。

 それぞれの受賞内容をみると、その時々の映画制作者たちが注目していた技術が何だったのかが見えてきます。

 72年と75年にキヤノンは映画撮影用カメラのマクロズームレンズの開発で受賞しました。それまでは撮影対象となる被写体との距離などに合わせてレンズを交換していましたが、キヤノンは1つのレンズで様々な倍率や焦点距離を再現できるようにしました。当時、リアリズムを重視した映画手法がトレンドとなっており、カットを割らずに撮影が可能となるレンズが映画制作者たちに重宝されました。

 81年、09年、11年に受賞した富士フイルムは、映画用フィルムの開発が受賞対象になりました。映画館の大きなスクリーンで上映しても、テレビと同様の鮮明な画質が維持できる高感度カラーネガフィルムです。映画を撮影するときには、通常は照明器具を使って室内の明るさを調整しますが、高感度フィルムを使えばその場の明るさをそのまま利用して撮影できます。この結果、ドキュメンタリータッチでリアルな映像が撮れるようになりました。

 2000年以降は光を電気信号に変換する映像素子を使用する撮影法が主流になりました。デジタルデータを映写用フィルムに書き起こす技術や、経年劣化する映画用フィルムを長期にわたって保護できるコーティング材の開発などが評価されました。

 近年ではソニーの受賞が続いています。同社は14年、16年に受賞。デジタル撮影した動画を「編集工程で求められる映像を正確に再現できる」ようにしたことが評価され、14年に業務用有機エレクトロ・ルミネッセンス(EL)マスターモニターの開発で受賞しました。16年にはデジタルシネマカメラ「シネアルタ」と「F65」、米パナビジョン社と共同開発した「ジェネシス」の開発でも受賞。ソニーの高画質なイメージング技術が映画芸術に貢献したことが評価されました。

 映画が初めて映画館で上映されてから120年の歴史の中で、日本企業は映画産業の発達の礎を担う多くの開発に関わってきました。映画館の来場者数は減少傾向にありますが、今回の辻さんの受賞は、日本の映像技術への関心が高まるきっかけになるかもしれません。

(高木雄一郎)

 

米アカデミー賞の辻さん 「他人と違う」貫く

 「こだわりをもち、他人と違うことをやり続けた。自分しかできないことをやるために、人一倍努力した」。米アカデミー賞のメーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘さんは、1月に一時帰国した際、なぜ米国で成功できたのかという問いにそう答えました。

ゲイリー・オールドマン氏に特殊メークを施す辻一弘さん(C) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
ゲイリー・オールドマン氏に特殊メークを施す辻一弘さん(C) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
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 京都市生まれ。「スター・ウォーズ」を見て、映画のスタッフに興味をもちます。「みなと同じことをする学校が嫌い」で、将来の仕事を模索していた高校生のころ、洋雑誌に巨匠ディック・スミス氏によるリンカーンの特殊メークの記事を見つけ、「これしかない」と思いました。記事にならって、自分にメーク。英語教師の助けを借りて、スミス氏に手紙を書き、写真を送り、指導を受けました。

 高校卒業後、スミス氏の導きで黒沢清監督「スウィートホーム」(1989年)に参加。日本映画の現場で働きますが、予算も時間もけた違いのハリウッドへの夢が募り、96年渡米。特殊メークの巨匠リック・ベイカー氏の工房に入ります。みなが定時に帰った後も、「納得するまでよくする」という辻さんは、ベイカー氏と共に深夜まで働きました。

映画「ウィンストン・チャーチル」の一場面 (C) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
映画「ウィンストン・チャーチル」の一場面 (C) 2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.
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 「特殊メークに決まった方法はない。ほかにある技術をもってきて変えていく自由さがある」「デジタル技術が進み、カメラの性能が上がると、昔のメーク技術が通用しなくなる。どんどん改良しないといけない」。そんな仕事はあっていました。「グリンチ」(2000年)で英国アカデミー賞受賞。07年、08年には米アカデミー賞にノミネートされました。

 12年からは美術彫刻に専念していましたが、名優ゲイリー・オールドマン氏の要請を受け「ウィンストン・チャーチル」で復帰。「メークとわからないメーク」という念願の大仕事に取り組みました。

 「本気で決心し、その方向があっていれば、道は切り開ける」と辻さん。ついに栄冠をつかみました。(編集委員 古賀重樹)