寄生虫が人間の味方に? 慈恵医大、自己免疫疾患治療へ研究開始

参考:2018年3月15日(木)配信 毎日新聞社

科学の森:寄生虫が人間の味方に? 慈恵医大、自己免疫疾患治療へ研究開始

 寄生虫の卵を飲んでもらい、難病の治療効果を見極める研究が始まろうとしています。「気持ち悪い」と嫌われてきた寄生虫が、人間の免疫システムの改善に役立つかどうかを調べるといいます。人間の敵か、味方か--。寄生虫と人間との不思議な関係を探りました。【伊藤奈々恵】

 ●2週間で体外へ

 寄生虫の体への影響を調べるのは、東京慈恵会医科大の嘉糠洋陸(かぬかひろたか)教授(熱帯医学)らのグループ。豚やイノシシなどに寄生する豚鞭虫(ぶたべんちゅう)の卵を健康な成人男性に飲んでもらい、約2カ月にわたって血液や便を調べて健康への影響をチェックします。

 研究で使うのは、タイで市販されている豚鞭虫の卵入りサプリメント。卵の大きさは50~60マイクロメートルで、ラグビーボールのような形をしています。液体が入ったサプリメントの瓶には肉眼で見えない極小の卵が500~2500個入っており、1本1万数千円で購入できます。米国では医師の処方箋があれば購入でき、ドイツでも年内に食品として認可される見通しです。

 豚鞭虫が寄生した豚は下痢の症状が出て肉質も落ちますが、人の体内では定着できないため、2週間で便とともに自然に排出されるといいます。過去の臨床試験はいずれも欧米人が対象だったため、今回は日本人への影響を調べます。「安全性を確認できれば、患者を対象に臨床試験を年内に実施したい」と嘉糠教授は話します。

 ●攻撃の矛先そらす

 豚鞭虫の卵の飲用で治療の効果が期待されるのが、難病指定されているクローン病や潰瘍性大腸炎など腸に関する病気のほか、皮膚が赤くなったりはがれ落ちたりする乾癬(かんせん)などといった自己免疫疾患です。

 体内には、細菌やウイルスなどの異物を攻撃して体を守る免疫システムが備わっています。しかし何らかの異常が原因で、自分の免疫システムが自分の細胞を攻撃して起こるのが自己免疫疾患です。寄生虫をあえて取り込むことで、寄生虫を攻撃する免疫に働いてもらい、自分を攻撃していた免疫の働きを抑制する狙いがあります。

 国内のクローン病患者は2014年時点で約4万人、潰瘍性大腸炎の患者は約17万人で、ともに30年前より18倍以上増加しました。一方、衛生状況の悪い発展途上国は先進国と比べて自己免疫疾患の患者が少なく、寄生虫が少ない清潔な環境が免疫システムのトラブルを引き起こしているのではないかと指定されています。

 文部科学省の調査によると、1950年度時点では、小学生の63%で寄生虫の卵が見つかりましたが、15年度は0・12%。国内ではほとんど絶滅したため、この年を最後に寄生虫卵検査は廃止されました。嘉糠教授は「人類誕生以降、一緒にいた寄生虫がこの数十年で一気にいなくなった。体のシステムが誤作動を起こすのも当たり前ではないか」と指摘。「腸管環境は人それぞれで、寄生虫が効く人と効かない人が出るだろう。腸内細菌を網羅的に調べ、どんな人にどんな効果があるか確認したい」と話します。

 グループは現在、研究対象の成人男性12人を一般公募しています。妊娠への影響が懸念されるため、対象は男性に限っています。

 ●清潔すぎるのも…

 寄生虫を体で「飼育」してきた人もいます。東京医科歯科大名誉教授の藤田紘一郎さん(78)です。寄生虫によるアレルギー抑制効果の実証のため96年から15年以上サナダムシ6匹を体内で飼育し、「花粉症の症状が抑えられた」と話します。自分の家族や研究室の学生もサナダムシを飲み、アレルギー症状が出なくなるなどの「効果」がありました。サナダムシは入手困難になったため、飼育は現在ストップしています。

 藤田さんは68年から40年以上通ったインドネシアの山村で「寄生虫は人にとって、いいこともしているのでは」と思うようになったといいます。住民は用を足すのと同じ川で食器を洗い、子供が水遊びをしていました。住民からは回虫が検出されましたが、日本のようなアトピーやぜんそくの患者はいなかったといいます。藤田さんは、フィラリアという寄生虫の排せつ物がアレルギーを抑制することを研究で明らかにしています。

 藤田さんは「寄生虫やウイルス、細菌のすべてが悪だという思い込みがあるが、人と共生している菌もある。抗菌や除菌がもてはやされているが、清潔すぎる環境はかえって良くない」と警告しています。