障害者の「射精介助」に介護保険の適用を

一般社団法人ホワイトハンズ代表の坂爪真吾氏に聞く

参考:2016/4/13 聞き手:庄子 育子=編集委員

タブー視されがちな障害者の性。ですが、障害のある人も無い人も日々の生活の中で「性の問題」抱えるのは同じです。実は、日本には障害者向け「性の介護」を行う団体があります。代表を務める坂爪真吾氏に活動内容や目指すところを聞きました。 ――ホワイトハンズでは、障害のある方たちに「性の介護」を行っているとのことですが、具体的にどのような内容なのでしょうか。 坂爪:2008年4月に団体を設立して以来、一貫して取り組んでいるのが、「射精介助」です。私たちは、射精介助を、「自力での射精行為が物理的に困難な男性身体障害者に対して、本人の性に関する尊厳と自立の保護、そして性機能の健康管理を目的として、介護用手袋を着用したスタッフの手により、射精の介助を行うケアサービス」と定義しています。  ホワイトハンズの射精介助は、ケアスタッフが利用者の自宅を訪問してケアを行う、訪問介護形式のサービスです。現在、全国18都道府県でサービスを提供していて、累計利用者は500人を超えています。 ――射精介助のケアに当たるスタッフは何人ぐらいで、どういう方たちが多いのですか。 坂爪:全国各地に10人前後いて、すべて女性です。看護師や看護学生、その他の医療系の学生の方が多いですね。介護現場で働くスタッフもいます。ケアの詳細については、ホワイトハンズのホームページをぜひ閲覧していただければと思います。  ケア料金は、30分2800円に設定しており、以降、15分ごとに1500円が加算される仕組みです。そのほか、住まいの地域によって別途、交通費や移動費をいただいています。 ――私自身、ホワイトハンズのホームページ上でケアの詳細について見させていただきました。いわゆる性風俗とは全く違った印象です。 坂爪:ええ。ホワイトハンズの射精介助は、食事やトイレ、入浴の介助と同様のあくまで「介護サービス」という位置づけです。私たちが行っている射精介助の目的は、エロや娯楽の追求ではなく、性機能の健康管理を通した利用者のQOL(quality of life=生活の質)の向上にあります。ですから、性的な快楽の最大化を目的とする性風俗サービスとは、そもそも目指すゴールが違います。 ――とはいえ、利用者にはそれ以上のサービス、例えば、機械的な射精の介助だけでなく、利用者の性的興奮を刺激するようなことを求められたりしませんか。 坂爪:いや、こんなことをしてほしいというニーズは恐らくあると思いますが、それを口に出される方は少ないですね。利用者の皆さんも介護サービスの一環であるということをよく理解してくれていると感じています。  ある利用者の方は、「目の前にいるケアスタッフの方は自分自身であり、自分がしているという感覚しかない。快楽を求める余裕があったら他に依頼している。いやらしさが無いから依頼しているのに、目の前にいるケアスタッフの方を性の対象にしたり恋愛感情を抱いたりしてしまったら、ホワイトハンズに依頼する意味がなくなる」と語られていました。 ――実際にどんな方がホワイトハンズの活動を知ってサービスを受けられているのでしょうか。 坂爪:これまでに射精介助を利用している人の平均年齢は43.4歳です。利用者の7割以上は、地域で自立生活をしている35~59歳の男性になります。2008年にサービスを始めた際は、性的な欲求の高まる20代の若い男性からの依頼が多いのでは、と思っていました。しかし、実際にサービスを開始してみると、利用者の大半は40代以上の男性でした。  ご自身でインターネットを検索されて、ホワイトハンズのホームページにたどりつき、 そこで射精介助サービスの存在を知って申し込まれるケースが圧倒的に多いです。 ――利用者の満足度はいかがですか。 坂爪:射精してすっきりするというだけでなく、メンタル面が晴れやかになってストレスも減るとの声を多くいただいています。「男性としての自信を回復できた」などと言われるので、性の問題は自尊感情とリンクしているということを改めて感じさせられました。 ――日本で、ホワイトハンズと同じように、障害のある方に対して、性に関する支援・ケアサービスを提供しているところは他にあるのでしょうか。 坂爪:障害者への射精介助を「介護」という観点で行っているサービス事業体はホワイトハンズが国内初で、今もうちだけのはずです。一方、風俗産業に関しては、障害者専用の派遣型風俗店が2003年ごろから登場していますが、そのほとんどは経営的に成り立たず、短期間で消えていきました。現在あるのは、全国で恐らく三つか四つぐらいです。  障害者専用風俗店が長続きしないのは、世間の理解を得にくく、利用者もスタッフの確保も困難なため。ですから、ホワイトハンズはそれらとは一線を画し、性サービスをケアとして提供することにこだわったわけです。 ――諸外国ではどうですか。 坂爪:障害者の性に関して有名なのはオランダです。障害のある人にセックスの相手を有償で派遣するSARという団体があり、いくつかの自治体ではサービスの利用に際して助成金を受けることができます。SARのような団体、そして障害のある人が性的サービスを利用する際に助成金を出すような自治体は、少なくとも日本には存在しませんので、ある意味、先進的な取り組みです。また、スイスやドイツでも障害のある人に対して性介助を行う団体や個人が活動しています。  ただ、いずれも小規模で、少数の限られた人しか利用していません。私の知る限り、ホワイトハンズと同じ活動期間・活動実績のある射精介助団体は、世界的に見ても存在しません。

母親にやむなく自慰行為の介助を依頼する実態

――坂爪さんはそもそもどうして障害者の性の問題に向き合うことになったのですか。ホワイトハンズを立ち上げたいきさつを教えてください。 坂爪:私がホワイトハンズを始めるきっかけになったのは、東京大学在学中に行った新宿・歌舞伎町の性風俗研究です。この研究を通じて、性風俗産業の課題や問題点が浮き彫りになりました。詳しい事情は、『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館101新書)という著書に記していますが、性風俗産業は、基本的に社会性も倫理・安全基準も存在しない「無法地帯」のようになっていて、働くだけ、利用するだけで誰かを傷つけてしまう罪深いシステムであると私の眼には映りました。  性サービスの世界でも、誰もが安心して利用し、かつ働くことができるようにしたい。性に関するサービスを罪の無いものにできれば――。そんな発想から、障害者向けの性的な介護サービスの構想が出来上がり、実践することにしました。  ちなみに英語で「無罪」を表す言葉がホワイトハンズ(WHITE HANDS)で、事業体の屋号はそこから命名しています。 ――障害者の性の領域に着目したのは、そこでのサービスが行き届いていないと判断されてのことですか。 坂爪:その通りです。現行の障害福祉に関するすべての制度やサービスは、「障害者には性がない」ということを暗黙の前提として作られているといっても言い過ぎではないでしょう。「障害者に、性欲があるはずがない」「障害者が、セックスをするはずがない」「障害者が、妊娠・出産するはずがない」「障害者が、性暴力被害に遭うはずがない」といった具合です。  また、一般の人は、障害のある人たちに対して、「そもそも性的欲求が無い」「純粋な天使」「永遠の子供」というイメージでとらえがちなところがあります。一方で、世間は、「障害者のために恋愛もセックスもできない、かわいそうな性的弱者」とのレッテルを張ることもあります。  けれど、当然ながら、障害のある人すべてが「純粋な天使」というわけでも「かわいそうな性的弱者」というわけでもありません。  障害のある人も障害の無い人と同じように、毎日の生活の中で恋愛やセックス、結婚や出産、育児の問題にぶつかり、時には笑いながら、時には悩みながら、それぞれの現実に向き合っています。  性=セックスは、食事や睡眠、排せつと並び、人が生きていくための、そして、次世代に命をつないでいくための、最も基本的な欲求です。そうである以上、障害の有無にかかわらず、すべての人が性の健康と権利を守られるべきです。しかし、今の介護・福祉制度下では、障害者の性に関しては、完全に「ケアの対象外」で、全く配慮されていません ――実際に、障害者の方と触れ合う中で、性の問題がおろそかにされていると感じられたエピソードはありますか? 坂爪:たくさんあります。これまでのホワイトハンズの活動の中で、「生まれて初めて射精しました」「10年ぶりに射精しました」「30年ぶりに射精しました」という男性には、何度も出会ってきました。50代や60代で、射精が人生初という人は少なくありません。当初、この事実にはとても驚かされました。初の射精ということは、約半世紀の間、誰もケアしてこなかったということですから、それはすごく問題ではないかと感じました。  また、自分の力で射精することができないため、自宅で母親や異性の姉妹にやむなく自慰を介助してもらっていて、それを本人も介助する側も非常に心苦しく感じている。さらに、介護施設などでは、ヘルパーさんがあくまで個人的に暗黙の了解で、射精介助を行っている。そんな実態があることを知りました。  いずれも、障害者の性の問題を置き去りにしてきいたことのツケですよね。 ――確かにそうですね。ではホワイトハンズが今後、目指すところはどこにあるのでしょうか。 坂爪:ホワイトハンズでは、障害者の性の問題に関して、射精介助サービスを提供する以外にも、以前から講演や研修活動に力を注いでいます。もともと射精介助サービスについては収支がほぼトントンで、それ以外の仕事で何とか利益を確保している状況です。  講演や研修の場では、障害のある人の性に現場でどう対応すればいいのかという、支援者向けの講演を主にしています。第一義的にはこれらの活動をより強化したいと思っています。 ――支援者向けに話されている現場での具体的な対応法とは? 坂爪:大きく二つのポイントがあります。第1に、障害のある人の性の問題として考えられているものの大半は、実は本人を取り巻く人間関係、あるいは生活環境の問題であることが多いため、その前提になって解決先を考えていくこと。  例えば、知的障害や発達障害の子供の中には、頻繁に自慰行為をしてしまうケースが見られます。ただ、性的問題行動の背景には、ひとり親家庭の問題、家庭や学校での居場所のなさ、障害に対する周囲の無理解・無関心、性教育の欠如、環境変化に伴うストレスなどがあったりするわけです。  こうした状況下で、本人の性的欲求や性的行動だけに焦点を当ててしまうと、かえって問題解決から遠ざかってしまうため、いったん性から目を離して、本人を取り巻く人間関係や生活環境に焦点を当てることが大切です。  第2に、支援者側の性に対する知識や理解を深めること。支援者側としては、家族以外に、医療・介護・福祉の現場スタッフが挙げられます。支援する側に性的なものへの偏見やアレルギーがあると、障害のある人の性に対して、「あるはずがない」と決めつけてしまったり、「厄介なこと」「考えたくもない」として見て見ぬふりをしてしまったりするので、問題の解決には遠く及びません。  今述べたポイントを含め、ホワイトハンズでは、現場のケアデータに基づいて性的介助や支援の理論と技法を体系化したガイドラインをまとめています。それを活用して、毎年、全国各地で「障害者の性」基礎研修を開催しています。ここでは、障害の有無にかかわらず、人間であれば誰もが持っている性に関する尊厳と自立を守るために必要な知識を学びます。

障害者に対する性の権利保障は社会参加の大きな原動力に

―― 一般向けの新書『セックスと障害者』(イースト新書)が4月10日に発売されました。 坂爪:ええ。この本では障害のある人たちの性をめぐる現状を八つのエピソードを通して紹介しています。本書をお読みいただくことで、障害のある人の性の世界が、少しでも身近なものに感じていただければ幸いです。  そのほか、ここ数年来は現場の声を伝えるため、厚生労働省など関係省庁への政策提言活動も積極的に行っております。 ――どんな内容ですか。 坂爪:まず、障害者福祉に関わる支援者や専門職の教育・研修課程の中に、障害者権利条約で保障されている「障害者の性と生殖(性・生理・恋愛・結婚・出産・育児)の権利」に関する項目を入れてほしいということです。そのために必要な研修・啓発事業を行ってほしいと要望しています。  次に、障害のある人が、人間としての尊厳を持って生きていく上で必要な、最低限度の性の健康と権利を保証するための生理介助、具体的には生理用品の交換や射精の介助を、「身体介護」の一環として、ぜひ明文化・制度化していただきたいと主張しています。障害者福祉サービスのほか、できれば介護保険の適用となることが希望です。  先ほども述べましたが、現行の障害者福祉制度では、「障害者には、性が無い」「生理も来ないし、射精もしないし、恋愛も、結婚も、妊娠も、出産も、育児もしない」という前提で、あらゆる障害福祉サービス・制度・教育カリキュラムが構築されています。内閣府の「障害者白書」にも、性問題についてはほとんど記載がありません。介護福祉、医療看護の専門職の教育・資格の中でも、全く触れられておらず、大学・専門学校・初任者研修などでも、一切教えられていないのが実態です。  しかし、障害者福祉の現場は、性に関する問題であふれかえっています。介護現場でのセクハラ、家庭での性的虐待、学校・職場での性暴力、予期せぬ妊娠、TPOをわきまえない自慰行為、異性への抱きつき・つきまとい、出会い系サイトでの被害、性風俗の世界で働く軽度知的障害の女性・・・など、幾つも挙げられます。  結局、制度やサービスの欠如、当事者および支援者に対する教育の不備、無理解や無関心によって、そういった問題に対応することが、ほとんどできていないんですよね。 ――とはいえ、射精介助の制度化自体は、かなりハードルが高い気もします。 坂爪:それは同感です。予算の問題と、管理者の問題がある上、人の手による射精介助に、抵抗を感じる人はやはり少なくないでしょう。介護現場からは、そんなサービスを取り入れられても、利用者から要望があった場合に、職員やスタッフに命令して性介助をさせることなどできず、断るしかないといった声も出てくると思います。  ただ、射精介助まではいかなくても、せめて介護の現場で性的な問題が起きたときにどういう対応すればいいのかという手引書やガイドラインを国がまとめて、現場で共有してほしいと思います。それは早急にお願いしたいところです。 ――その中味というのは? 坂爪:射精介助に関しては、人の手ではなく器具を使用するとか、あるいは自慰行為を助けるグッズを渡すなどの方法もあると思います。それらを踏まえて、例えば、グッズを渡すだけでOKとか、個別の訪問時にはここからここまではやっていいけど、ここからはやってはまずいなどといった線引きを厚生労働省なりが指針として定める。  今までは恐らく現場の個人的な判断で性介助に当たっていて、それはあまりよくないことだと感じています。基準があった方が受ける側にとっても介助する側にとってもいいですから。 ――指針の作成も含め、総じて社会的な支援の充実が欠かせないということですね。 坂爪:はい。障害のある人が人間らしく生きていく上で必要な最低限度の性の権利がきちんと保障されていることは、社会参加に向けた大きな原動力になり、自立や就労につがなる可能性が高まります。逆に言えば、そうした動機づけの無い状態で、自立や就労を押し付けても、時間とコストだけが膨大にかかってしまい、成果を期待できません。  障害者が性的に生きやすい社会の実現は、健常者にとっても、性的に生きやすい社会のはずです。今後も様々な活動を積極的に続けていきたいと思います。
Dr.堤より エロや娯楽の追求ではなく、性機能の健康管理を通した利用者のQOL(quality of life=生活の質)の向上を考える。性的な快楽の最大化を目的とする性風俗サービスとは、違う。もっとオープンな性の問題提起。