Lesson166


「タバコと歯周病のない世界」を目指して


喫煙者と非喫煙者の口腔内

喫煙者は歯周病にかかりやすい!

 タバコは3大有害物質(ニコチン、タール、一酸化炭素)をはじめとして、4000種類以上の化学物質、200種類以上の有害物質、50種類以上の発がん物質が含まれています。喫煙者は、がん、心臓病、脳卒中、肺気腫、喘息、歯周病などの病気になりやすく、かつ進行が早いことが知られています。
  喫煙は歯周組織(骨や歯肉)を激しく破壊し、喫煙者は非喫煙者に比べ2〜8倍で歯周病にかかりやすくなります。このような喫煙に起因したケースは「喫煙関連歯周炎」と分類され、その治癒には禁煙が必須となります。


喫煙は歯周組織にどのような影響をあたえるのか?

 喫煙者では、ニコチンの強力な血管収縮作用や一酸化炭素の素粒子の作用により、歯肉が炎症を起こしても出血が抑えられ、表面が硬くゴツゴツした状態になってしまいます。その結果、本来の初期症状が隠されてしまい、気が付かない内に重篤な状態へと進行してしまいます。
  また、血管収縮による血流低下や、一酸化炭素とヘモグロビンの結合による体内の酸素不足により、必要な栄養分(ビタミンC)や酸素が歯肉まで十分に供給されず、口腔内の諸組織が栄養失調状態になり、活性化も阻害されてしまいます。さらに、喫煙者では唾液の分泌量が低下するため、細菌の繁殖を抑えづらくなり、歯垢や歯石が増えてしまいます。
 このような作用により、喫煙者は歯周病にかかりやすく、かつ治りも悪くなってしまうのです。

喫煙関連歯周炎

喫煙関連歯周炎の1例。40歳男性、喫煙歴20年(1日20本)。喫煙により歯周炎の進行が加速され、歯がぐらぐら動いて移動し、下の前歯2本歯自然脱落していた。  22年後
禁煙を実践しながら歯周病治療を行った結果、歯周組織は著しく改善された。歯肉のメラニン色素沈着も消失している。歯の動揺も治まり、矯正治療も可能となった。


受動喫煙の恐ろしさ
 タバコを吸わない人が、漂う不完全燃焼のタバコ煙を吸わされることを「受動喫煙」といいます。この煙は有害物質の濃度が高く、様々な健康障害を引き起こします。
 職場や家庭における慢性的な受動喫煙は、肺がんや心筋梗塞にかかりやすくし、死亡率を高めます。
 また、妊婦の受動喫煙は早産や乳幼児突然死の原因ともなります。さらには、子供の喘息や知能低下にも大きな影響を与えることが知られています。
 口腔内においては、親が喫煙者の場合、受動喫煙により子供の歯肉のメラニン色素沈着(歯肉の黒色化)の比率が高くなることが報告されています。

受動喫煙の恐ろしさ
7歳女児。 歯肉の黒色化が認められる。
父親の喫煙(1日15本)による受動喫煙が影響している可能性が考えられる。


喫煙により、免疫、炎症反応はどのように変化するか?

 喫煙者では、歯の周りの歯周組織が持つ「病原菌の攻撃に対抗する力」が弱くなる事が知られています。
 生まれつき私たちの体には、細菌などの外敵侵入に抵抗するための免疫機構が備わっていますが、タバコの煙の中のさまざまな有害物質が、その働きを鈍らせてしまいます。たとえばニコチンなどの薬理作用によって歯肉の免疫機能が不調和になり、病原菌が暴れ回り、歯を支える大切な歯周組織が破壊されるのを許してしまうのです。
 白血球の一種の好中球には、体の外敵である病原菌の侵入をいち早く察知し、それを取り込んで消化する力がありますが、ニコチンはその機能に異常を引き起こします。また、病原菌と戦う戦士であるリンパ球の数が減少したり、唾液の中にある、病原菌に抵抗する抗体の量も減少することがわかっています。
 つまり、喫煙者はあらゆる病気にかかりやすく、また既に病気にかかっている場合は、免疫力が衰えているために、症状が重症になるのです。とりわけヘビースモーカーの歯周病患者では、歯の周りの骨の吸収が著しく、失われる歯の本数も多くなります。


喫煙者は治りが悪い!

歯周病治療

 歯周病の治療では、比較的出血の少ない非外科的療法や、小手術である外科的療法および再生療法などが行われます。しかしながら、先に述べた様々な影響により、いずれの治療においても喫煙者では予後が悪い(治りにくい)というデータが報告されています。
 すなわち、喫煙者では歯周ポケット(歯と歯肉の間にある溝)の減少や歯周組織の再生といった、治療による改善効果が劣ってしまうのです。また、治癒反応は喫煙量の多さに比例して悪く、抗菌剤の効果も喫煙者の方が非喫煙者より低いことが知られています。

インプラント治療
 インプラント治療は、むし歯や歯周病などにより失われた歯の代わりとして、顎の骨の中にチタン製の人工歯根を植え込む治療法です。
 インプラントと骨の結合には血液の供給が重要となりますが、喫煙者では血管収縮等により十分に行き渡りません。また、術後の感染や創傷治癒の遅れといった問題も起きやすくなります。さらには、治療後の追跡調査でも、喫煙者ではインプラント周囲の組織に炎症が起き(インプラント周囲炎)、非喫煙者に比べ骨の吸収が進んでいることが報告されています。
 その結果として、喫煙者ではインプラント脱落の確立が高まってしまうのです。

  このような事実から、歯周病治療やインプラント治療を行う際には、より良い予後のためにも禁煙が非常に大切となります。

タバコ+病原菌

タバコ+病原菌の攻撃に歯周組織の免疫力は打ち勝てず、歯周病にかかりやすくなってしまう。

歯根の歯石や毒素の除去

歯肉に覆われた歯根に付着してしまった歯石や毒素は、麻酔下で除去する必要がある。喫煙者においては、治癒効果を上げるためにも禁煙が必須である。


禁煙により歯周病は改善するか?

 禁煙の効果は非常に迅速で、歯肉の血流は数日〜数週間で回復します。歯肉の黒ずんだ外観も、時間はかかりますが少しずつ本来の健康的な色に戻ります。また、禁煙後に歯肉が腫れたり赤くなったりすることがありますが、それはタバコの影響で隠されていた本来の症状が現れたためです。骨が溶けて手遅れになる前に気付くことができる、良い「きっかけ」ともいえます。
 禁煙は歯周病の予防・治療のもっとも有効な対策のひとつです。過去に重度の喫煙歴がある方でも、禁煙をすると確実に歯周病のリスクは低下し、全ての治療法において、その治癒効果が上がり始めます。


禁煙を始めるにあたって

禁煙の薬は「貼る」・「噛む」・「飲む」
 近年、タバコを吸うことは「喫煙病(ニコチン依存症+喫煙関連疾患)」という体の病気であり、喫煙者は「禁煙治療を必要とする患者」であると定義されるようになりました。それに従い、医科の禁煙外来では、中度〜重度の喫煙者を対象とした健康保険による禁煙治療が導入されました。
 一方で、その有害性に対し十分な知識を得ていない喫煙者も未だ多く、それゆえ、喫煙者の来院が多い歯科は、それらの方々をサポートするにふさわしい場所といえます。また、歯科では複数回の治療が必要とされることから、十分にカウンセリングを行うことができるという特色もあります。
 禁煙のための薬物治療には、ニコチン代替療法と、脳内の神経受容体を遮断する経口補助薬(バレニクリン等)があります。皮膚や口腔粘膜の粘膜面からニコチンを徐々に体内に吸収させ、ニコチンの離脱症状を軽減しながら禁煙を補助するニコチンガムやニコチンパッチはOTC化されており、自ら薬局で購入することができます。これらを用いて、歯科における禁煙支援(カウンセリングおよびプログラム作成)をうけるのも1つの有効な方法であると考えられます。


おわりに

 口腔は体の中で最初に、かつ直接に喫煙の被害を受ける臓器です。喫煙は歯周病の発症や治療に大きな影響を与えるが、禁煙によりそれらを予防もしくは軽減できるということが、本文からご理解いただけたかと思います。
 禁煙にチャレンジすることは、歯周病のみならず様々な全身疾患のためにも非常に重要です。お口の健康からはじまり「体」の健康回復、維持のためにも、1日も早い禁煙をおすすめします。


禁煙のメリット
20分   手の体温が正常にまで上昇する
8時間   血液中の酸素が正常値に戻る
24時間   心臓発作のリスクが減り始める
48〜72時間   ニコチンが体から完全に抜ける
72時間   気管支の収縮がとれ、呼吸が楽になる
数日〜数週間   歯肉の血流が正常値に戻る
2週間〜3週間   肺機能が30%アップする。歩行が楽になる
1年   血栓症や心臓発作のリスクが半減する
5年   肺がんリスクが半減する
10年   口腔がん、咽頭がんのリスクが減少する
       


(2010年 特定非営利活動法人 日本歯周病学会 )