Lesson28 

「禁煙は病気」2006年4月から保険適用

心理面から指導  歯の大切さ訴え  「職場ゼロ」運動

「やめたいと思うのにやめられない」。たばこを吸い続ける理由をこう話す人は多い。単なる言い訳に聞こえそうだが、たばこに含まれるニコチンという依存性物質が禁煙を難しくしているのだ。とはいっても、がんなど病気のリスクも高まる喫煙。“特効薬”はないだけに最後は本人の意思だが、それをサポートする様々な取り組みが広がり、4月からは禁煙指導に健康保険が適用されるなど、「喫煙は病気」ととらえ“治療”する環境も整い始めている。

2003年の厚生労働省調査によると、日本の喫煙率は成人男性が半数近い46.8%、女性が11.3%。男性は依然として高く、女性は若い世代で上昇傾向だ。

日本循環器学会など9学会は昨年10月、一般向けの診療指針「禁煙ガイドライン」を作成した際、喫煙を病気と明確に位置づけた。とりまとめた藤原久義・岐阜大教授は「喫煙はもはや個人の嗜好(しこう)の問題ではない。やめようと思って成功する人は一割に満たない」と、禁煙指導の重要性を指摘する。

方法は人それぞれ
「上司がたばこを勧めてきたら…」。4月から新たな職場で働き始めるのを機に禁煙しようと、禁煙外来を訪れた大阪府の石川まさみさん(仮名、24)は心配顔だ。相談を受ける薗はじめクリニック(同府豊中市)の薗はじめ院長は「上手な断り方も考えておきましょう」とアドバイスした。

薗院長の禁煙指導は、初診で問診とカウンセリングに1時間以上かける。「喫煙者の性格や家庭環境などで、禁煙に導く手法も大きく異なる。禁煙補助薬であるニコチンパッチをただ処方してもうまくいかない」と心理面を重視。周囲に喫煙者が多く意思が弱い人には禁煙宣言は逆効果。定年退職後の人には吸いたくなったら昼寝を勧める、とそれぞれに合った方法を探る。

禁煙外来はここ数年で、数、内容ともに広がっているが、追い風になりそうなのが4月から導入される禁煙指導の保険適用だ。ニコチン依存症と診断され、1日に吸う本数にこれまで吸い続けた年数をかけた数字が200を超える場合などが対象。1カ月で1万円かかるニコチンパッチは対象外だが、12週間で5回、禁煙プログラムの費用が保険の対象になる。

禁煙への取り組みは意外な所でも始まっている。「タバコの葉より歯を選んで」。虫歯や歯周病の患者を諭すのは東京都内で歯科医院を開業する高野直久・東京歯科大学講師。喫煙はがんなどの危険性を高めるだけでなく、歯や歯茎にも悪影響を与える。だ液の分泌を抑え、歯周病の原因となる歯垢(しこう)や歯石を付きやすくする上、ニコチンで歯茎の血管が収縮、血液中の酸素や栄養素が歯茎に届かず歯周病が進行するのだ。

「ショック療法」も

喫煙者は歯の前面がきれいでも裏側は黒ずんでいる。患者に黒ずんだ歯の写真を見せ、1−3カ月通う間、「禁煙で歯周病の治りもよくなる」と来院の度に伝える。ショックと刷り込み効果で、禁煙に踏み切る気になる患者は少なくないという。

「禁煙治療は敷居が高いと思う人の背中を押すのが、口の健康を保つ歯科医の役目」と高野講師。禁煙を後押しする歯科医院を増やそうと東京都歯科医師会が都と実施している専門講習を受けた歯科医院は約300まで増えた。

一方、「少なくとも職場での喫煙はゼロにしたい」と組織をあげて禁煙に取り組んでいるのが日本看護協会。国民の健康を守る専門職ながら、多忙でストレスが多いためか看護師の喫煙率は高い。2001年の調査では4人に1人が喫煙者で、成人女性の約2倍。衝撃的な数字を突きつけられた同協会は、02年から職場でたばこ対策に取り組む「禁煙支援リーダー」の育成に乗り出した。

3−4割あった喫煙率が約1%にまで激減した仙台オープン病院のリーダー、狩野祐子・副看護師長(53)は、自らもかつては1日20−30本吸っていた25年来の喫煙者。「施設内が禁煙になったり、仲間同士で励まし合ったりした成果」という。

禁煙指導にあたる医師や看護師130人で2月に発足した日本禁煙学会は、「社会全体が変わらないと」(理事長、作田学・杏林大学教授)と、たがこの自動販売機設置の自粛を呼び掛けるほか、禁煙の成功体験を全国から募集し、体験集を出版する計画だ。
さらに手軽に始めたい人には、一人でも挫折しないよう工夫したインターネットや携帯電話を通じての禁煙支援プログラムもある。

肺がんなど死亡リスク高く
喫煙が発症の危険性を高めることが指摘されているのは、まず肺がん。日本肺癌(がん)学会によると、肺がんの原因として最も大きいのが喫煙で、男性患者の7割がたばこが原因で発症したと推定している。疫学調査では、喫煙者の肺がんで死亡するリスクは、非喫煙者に比べ2−4倍高く、リスクは吸う本数、年数が多いほど高い。
心筋梗塞(こうそく)や脳卒中なども、死亡リスクが高まることが知られている。いずれも非喫煙者に比べ約1.7倍高い。また、たばこを吸う妊婦では、吸わない妊婦に比べて低出生体重の確立が約2倍、早産の危険性は3倍高くなる。
一方、禁煙で病気のリスクは低下する。大阪大学の中谷大作医師らが急性心筋梗塞の患者を調べたところ、発病を機に禁煙したグループの心臓病再発リスクは、吸い続けたグループの3分の2だった。
(長谷川章、遠藤邦生)

ことば
▼ニコチン依存  ニコチンには依存性があり、血液の濃度が下がると、イライラや注意散漫、手の震え、眠気などの禁断症状が起こる。大阪府立健康科学センターの調査によると、日本の喫煙者の約7割が深刻なニコチン依存症に陥っているという。
ニコチンパッチやガムは、たばこ以外のものからニコチンを摂取し徐々に量を減らしていく手法で、禁断症状のつらさを和らげる効果がある。ただ日本たばこ産業(JT)は「ニコチンの依存性は低い」と主張している。

日本経済新聞 2006.3.26