冷蔵庫でも生きているリステリア菌 妊婦食中毒、胎児死亡・脳障害に


 食中毒の季節。妊婦が感染すれば流産や早産を引き起こす病原菌がある。主に食べ物を介する「リステリア菌」だ。チーズやハムなど、口にすることが多い調理済み食品にも付着している。厚生労働省は「妊娠中はどんなものも火を通して食べて」と、注意喚起に力を入れている。【鈴木敦子】

 ◇低温でも増殖 多くの食品に付着

 ◇国内規制なし 妊婦は必ず加熱を

  リステリア菌は自然界に広く存在し、野菜や食肉、乳製品、魚介類から検出されている。東京都健康安全研究センターが00〜03年に市販食品を調べると、ソーセージや一夜干しのあたりめ、ぬか漬けきゅうりからも見つかった。

 世界保健機関(WHO)によると、リステリア菌による食中毒の発症は「100万人あたり0・1〜10人で比較的まれ」だが、「全症例の約40%が妊娠に関係しており、流産、早産、死産および新生児疾患の原因にもなる」という。妊婦は抵抗力が弱いため感染しやすく、胎児にもうつる可能性が高い。胎児の脳神経にダメージを与え、胎内で死亡したり、髄膜炎や敗血症を発症し、脳障害が残る例も確認されている。

 聖路加国際病院は10年9月、日本産科婦人科学会の学会誌に、妊娠20週の妊婦がリステリア菌に感染し死産した症例を発表した。妊婦は10日前から発熱し、来院時は38・8度と高熱だった。胎動が消え、子宮内で胎児が死亡していた。昭和大医学部も同誌に妊娠31週の妊婦(39)の感染例を報告。妊婦は約2週間前から風邪のような症状が出て、受診時は体温が38度を超えていた。胎児は髄膜炎や敗血症にかかり、水頭症も発症したという。

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 菌の危険性はほとんど知られておらず、一部の保健所は妊婦に注意を呼びかけている。東京都日野市が毎月開く「ママ・パパクラス」。栄養士が説明すると、多くが驚いた表情を見せた。

 「おしゃれな料理で出てくる生ハムや半生のチーズも気を付けましょう」

 参加者の池田雅子さん(35)は「妊娠中にかかりやすい食中毒があるとは全く知らなかった。刺し身は手軽なのでよく食べている。火を通して防げるなら、徹底したい」と話した。

 米国で98年、ホットドッグで101人が発症し21人が死亡するなど、欧米ではリステリア菌による集団食中毒が発生し、危険が知られてきた。日本ではリステリアの報告義務がないため、患者数は分からないのが実情だ。

 国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部の五十君(いぎみ)静信・第一室長は01〜02年、国内の2258病院・施設を調査し、95年以降のリステリアの年間発症者は83人、100万人あたりの発症率が推定0・65と算出。欧米と大差ないことがわかった。

 五十君氏は「乳児はほとんどが胎内の母子感染。原因不明とされた流産や死産は、リステリア菌の感染で引き起こされたものもあるのでは」と分析する。

 現在、国内にはリステリア菌の衛生基準はない。食品衛生法は輸入食品のナチュラルチーズと非加熱食肉製品(生ハムなど)に限り菌が検出されれば輸入停止措置を取るが、国内製品は「手付かず」(厚労省)だという。欧州連合(EU)では、調理済み食品に「1グラム当たり菌数100以下」との基準があり、厚労省も衛生基準の導入に向け、今年2月から薬事・食品衛生審議会で検討を始めた。

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 リステリア菌が怖いのは、冷蔵庫でも菌が生きていることだ。帯広畜産大の川本恵子准教授によると、菌は0〜4度の低温でも増殖可能で、海外の研究ではマイナス1・5度でもゆっくり増殖することが報告されている。10度では1週間で菌が10倍になるとされ、「冷蔵庫やチルド保存の過信は危険」と警告する。

 菌には味もにおいもない。「漬け物や魚介類の薫製でも検出されている。妊娠中は生ものや長期保存した物は避けたほうがいい」と川本准教授は言う。

 リステリアに対する認識は産婦人科医でも個人差があるという。愛育病院(東京都)の安達知子産婦人科部長は6月、母子保健の機関誌でリステリアへの注意を呼びかけた。「妊婦が感染すると胎児への感染を食い止めるのは難しい。食生活で予防できるので、産婦人科医が菌を理解し、アドバイスできるようにしたい」と話す。

2011.07.03日 提供:毎日新聞社