原因不明の腹痛は、お腹ばかり見ていてはいけない


【第14回】 原因不明の腹痛は、お腹ばかり見ていてはいけない 田巻弘道、岸本暢将、岡田正人(聖路加国際病院アレルギー膠原病科〔成人、小児〕)

著者プロフィール
本連載は、聖路加国際病院アレルギー膠原病科の岸本暢将(きしもと みつまさ)氏、 田巻弘道(たまき ひろみち)氏、岡田正人(おかだ まさと)氏らが中心となり執筆 します。

 

 

連載の紹介
リウマチ膠原病・アレルギー領域は、新しい治療法の開発が盛んで、診断基準も見直 されるなど、目まぐるしく変化しています。この領域の診断法、治療法を、最新の話 題を交えながら分かりやすくお伝えします。

指導医 おお、お帰り。アメリカでの臨床留学はどうだった?

研修医 はい、なかなか有意義な1カ月でした。面白い症例を診てきたんです。先生 向けの。

指導医 へえ、じゃあ早速教えてくれないか。 研修医 21歳の女性で、特に診断のついた既往歴はないのですが、13歳ごろから原因 不明の腹痛発作を繰り返していたようです。病院での診断名は毎回「急性腹症」で、 入院になるのですが、モルヒネなどの痛み止めを投与することで、2?3日で良くなる そうです。  

13歳の時に一度、急性腹症の診断で腹腔鏡を受けたのですが、少量の腹水が認めら れただけで特に診断は付かなかったようです。ほかにもいろいろと消化器の検査を受 けたものの、原因不明と言われ続けたそうです。  

2?3年ほど前から手足の浮腫が突然起きることがあり、アレルギーを疑われて様々 な検査をしたらしいのですが、原因は不明だったようです。複数の食物アレルギーの 可能性があると言われたらしいですが、本人としては特に、それらの食べ物はその後 食べても問題がなかったそうです。膠原病も疑われて、膠原病の医者にもかかったら しいのですが、特に診断は付かなかったようです。

指導医 なるほど、確かに私向けの症例のようですね。

研修医 今回、この患者さんを私が診た時は、1日前からいつもの腹痛が出始めて、 悪化してきたため入院となったのですが、入院当日の朝、起きると唇が腫れていたと いうことで、救急外来を受診されました。

指導医 他に腫れているところはあったのかい?

研修医 いいえ、腹痛と唇の腫れだけでした。上唇は全体がタラコのように腫れてい て痛みがあり、下唇は左半分だけが腫れていました。舌は腫れていませんでした。喉 の訴えもなく、呼吸も安定していました。

指導医 かゆみは訴えていなかったんですね?

研修医 かゆみはありませんでした。

指導医 蕁麻疹もない?

研修医 ないですね。

指導医 何か薬は飲んでいたんですか? 研修医 普段から経口避妊薬を飲んでいて、実を言うと今回の腹痛が起こる前に、1 日飲み忘れた日があったので、次の日に2倍の量を飲んだらしいです。そのほか、特 に常用している薬はないとのことでした。

指導医 患者さんは発作のきっかけとなるようなことで、心当たりはあるって言って いました?

研修医 どうやらストレス、不安がきっかけになると言ってました。最近、経口避妊 薬を飲み忘れて、2倍の量を次の日に飲んだりすると起きやすくなることに気付いた そうです。

指導医 なかなか面白いですね。家族歴はどうですか? 研修医 実は、現在の両親は養父母で、実の両親のことは分からないらしいです。血 のつながった兄弟はいるらしいんですが、連絡は取っていないらしくて。

指導医 なるほど。それで、どのように考えたのですか?

研修医 見た目は、典型的な血管性浮腫でした。先生の以前の講義を思い出して、血 管性浮腫を見た時は、それがアレルギー反応の時に見られるような肥満細胞によるも のか、あるいは、ブラジキニン関連の反応かを考えました。  

このケースの場合、反応が起こってくるのが分単位の急速なものではなく、蕁麻疹 やかゆみ、喘息様の症状などもないので、肥満細胞によるアレルギー反応の可能性は 低いと考えました。なので、むしろブラジキニンなどが関与している血管浮腫の方の 可能性が高いと考えて検査をしました。

指導医 とてもいいポイントだね。蕁麻疹を伴っており、かゆみがあるような場合は、 蕁麻疹の鑑別診断を考えることが重要。この方の場合は血管性浮腫のみで、かゆみも なく、むしろ痛みがあるようなので、血管性浮腫の鑑別を考えることが大切です。で はどんな検査をしたのかな?

研修医 C4とC1インヒビター量を調べました。

指導医 結果はどうだったのですか?

研修医 全部正常でした。C1インヒビターがうまく働いていない遺伝性の血管性浮腫 だと思ったんですが、結果は正常でした。しかも発作中の採血なのに。先生はこのケー スはどう思われますか?

指導医 色々なタイプの血管性浮腫の血液検査はこのようになるね(表1)。

表1 
血管性浮腫(angioedema)のタイプと血液検査の結果 C1 インヒビター C1q C4 量 機能 Hereditary angioedema I型 <30% <30% 正常 低下
Hereditary angioedema II型 正常または
増加 30%< 正常 低下
エストロゲン依存性/関連性 正常 正常 正常 正常
Acquired angioedema I型 <50% 低下 低下 <30%
Acquired angioedema II型 低下または 正常 低下 低下または
正常 <30%
ACE阻害薬 正常 正常 正常 正常

研修医 はい。

指導医 これが、最近Canadian Hereditary Angioedema Networkから発表された遺伝 性血管性浮腫を考えた時の診断のアルゴリズムだよ。

図1 遺伝性血管性浮腫を考えた時の診断アルゴリズム 

研修医 へえ、これを見れば分かりやすいですね。

指導医 簡単に言うと、遺伝性の血管性浮腫TypeIはC1インヒビターの量が足りない 病態で、typeIIは機能欠損が原因といわれているものなんだよね。Type?の方が多く、 8割程度、Type?の方が少なく2割程度です。  

後天性の血管性浮腫は、TypeIはB細胞増殖性疾患に見られ、TypeIIは自己免疫性疾 患に見られるものだよね。ACE阻害薬は、血管性浮腫を来す原因の薬としてとても有 名だし、カルシウム拮抗薬、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)なども血管性浮腫を 来すことがあります。

研修医 はい。でもこの患者さんではこれらの病気は考えにくいですよね。

指導医 病歴も含めて考えると、この患者さんは多分、TypeIIIといわれる、女性ホ ルモンに関係する遺伝性血管性浮腫の可能性が高そうだね。

研修医 聞いたことがありませんでした。

指導医 TypeIIIの遺伝性血管性浮腫の特徴は、当然ながら女性のみに起きること。 それから、家族歴があり、思春期から発症することが多く、経口避妊薬を開始した後 から発症することや、妊娠中に発症するなんてこともあるんだよ。  

でも、このケースで学べることは、「原因不明の腹痛はお腹ばかり見ていてはいけ ない」っていうことだよね。若い人の腹痛で、原因がはっきりしない時には、何か全 身的な病気が潜んでいることがある。血管性浮腫もその1つということで、先生はも う忘れないよね。

研修医 そうですね。とても印象深いケースで、忘れられません。

【参考文献】 1)Bowen T, et al. Management of hereditary angioedema: 2010 Canadian approach. Allergy Asthma Clin Immunol. 2010;6(1):20. 2)Bork K, et al. Hereditary angioedema with normal C1-inhibitor activity in women. Lancet 2000;356(9225):213-7. 3)Zuraw, B.L. Hereditary Angioedema. N Engl J Med. 2008;359(10):1027-36. 4)岡田正人:第9章 蕁麻疹・血管浮腫・接触性皮膚炎、レジデントのためのアレル ギー疾患診察マニュアル、医学書院、2006.