ジョブズ氏を悼む
 

Dr.中川のがんの時代を暮らす:/12 ジョブズ氏を悼む

 米アップル社の共同創業者で前最高経営責任者のスティーブ・ジョブズ氏が、今月5日、膵臓(すいぞう)がんのため、56歳の若さで亡くなりました。私は「パソコン依存症」ですが、同社のマッキントッシュ(Mac)以外のマシンを使ったことがありません。4年前にはシリコンバレーの本社を訪問したほど、アップルをこよなく愛してきましたので、予想はしていたものの、ジョブズ氏の死は大変ショックでした。

 1980年代に社内抗争によってジョブズ氏が追放されると、アップル社は業績が悪化し倒産の危機に直面しましたが、彼の復帰後は、その強烈なカリスマ性によってiPodやiPhoneなど、時代を先取りする商品を矢継ぎ早に世に送り出し、今年8月、ついに株式の時価総額が世界一となりました。

 ジョブズ氏は、亡くなる前日まで、仕事をしていたようです。その精神力と使命感に驚くとともに、がんが実は「ピンピンコロリ」型の病気だということを実感させられます。このことは、胆のうがんで亡くなった、プロ野球元日本ハム監督の「親分」こと大沢啓二さんが、亡くなる2週間ほど前まで、テレビに出演していたことでも分かることです。

 膵臓がんは、手ごわいがんの代名詞です。完治する人はまれで、生存期間も平均で1年程度です。ところが、ジョブズ氏の場合、最初の手術から亡くなるまで7年が経過しています。大富豪ゆえに特別な治療が施された、というわけではないと思います。

 実は、ジョブズ氏の膵臓がんは「膵内分泌腫瘍」で、一般的な膵臓がんとタイプが違います。これは、膵臓の中で、インスリンなどのホルモンの内分泌をつかさどる細胞が「がん化」した腫瘍です。膵内分泌腫瘍は、膵臓がん全体の2%程度と非常に珍しいものですが、治癒率は普通の膵がんと比べると格段に高く、早期で手術すれば、ほぼ完治します。

 しかし、ジョブズ氏の場合、診断後も食事療法などの代替療法を続け、手術が9カ月も遅れてしまいました。本人も後悔していたと報じられていますが、天才経営者の「判断ミス」が、ITの歴史を変えてしまわないように祈ります(合掌)。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長



2011年10月30日 提供:毎日新聞社