クローン技術を使った、再生医療の雨後の乱立、リスクはある。
 

自分の幹細胞を戻すと糖尿病が治る?

 人間の皮膚は、若い頃なら約4週間の周期で生まれ変わる。要らなくなった古い皮膚が垢(あか)だ。これは、皮膚の細胞を作るタネとなる細胞があるから、次々と新しい皮膚ができる。このタネを「幹細胞」と呼ぶ。世界で幹細胞の研究が進められ、多くの種類があることが分かってきた。血液成分になる造血幹細胞、肝臓になる肝幹細胞、神経になる神経幹細胞・・・。

 しかも、幹細胞の一部は、ある特定の細胞に成長するだけでなく、異なる細胞に変化することも明らかになった。例えば、骨中心部の骨髄の中にある幹細胞は、脂肪、骨、軟骨などの細胞になることができる。

 幹細胞を使えば、働きが悪くなった組織や臓器を作り直せるのではないか。そのような発想から生まれた医療が「再生医療」だ。

 大やけどを負った患者からわずかの皮膚を採取し、それを培養してから患者に移植する「培養皮膚」が米国で1980年代後半頃に認められてから、再生医療の患者への臨床応用が動き出した。日本でも2000年に入って本格化してきた。ただし、多くの再生医療はまだ研究段階で、確実な効果や副作用は明らかではない。

 それなのに、近年、糖尿病、心臓病、脳卒中、がんなど様々な病気を、幹細胞を使った再生医療で「治す」と称する医療機関が世界で設立されている。まさに、「雨後の竹の子」という形容詞がぴったりの状況だ。

 日本で韓国人の死亡者を出した京都市の「京都ベテスダクリニック」も、その一つだ。「ベテスダ」とは、エルサレムにある池の名前で、イエス・キリストがその池の水で病人をいやしたとされる。このエピソードから、ベテスダには、「あわれみの家」などの意味を持つという。

 京都のクリニックで韓国人が死亡した事態は、韓国国会の保健福祉委員会(日本の衆参議院厚生労働委員会に相当)の国政監査で2010年10月22日に報告され、明らかになった。しかし、遺族自らは、この事態を公表しておらず、また、取材に応じていない。そのため、詳細は明らかではない。

 関係者の証言や独自に入手した資料などによると、事実関係は、以下のようなものだった。

 2010年9月30日に亡くなったのは、糖尿病を患う韓国釜山市の男性医師Aさん(享年73歳)。

 Aさんは、再生医療で糖尿病を治すために、韓国ソウル市に本社があるバイオベンチャー企業「RNLバイオ」と1年の契約を結んだらしい。治療は1回、1日で終わるものではないため、このような契約を結ぶ。

 RNLバイオは2008年8月、ソウル大学と共同で、「研究ではなく商業ベースで世界初のクローン犬作成に成功」と発表して、注目を集めた。米国の女性がペットの愛犬が亡くなったことに悲嘆し、同じ遺伝子の犬がほしいと同社に依頼。死亡後、冷凍されていた犬の耳の細胞を使ってクローン犬を作成したという。

 その2か月ほど前には、日本で訓練されていた、ヒトのがん細胞を探知するラブラドルレトリバーの「マリーン」のクローン犬も作成したと発表している。

 そのRNLバイオは、人間の「再生医療」にも絡んでいたのだ。

 韓国政府の調査によると、同社は、患者1人当たり1000万-3000万ウォン(日本円で67万-201万円ほど)の費用で治療を行っていたという。治療目的は、Aさんのような糖尿病のほか、心臓病、脳卒中、肝臓病、腎臓病、アトピー性皮膚炎、関節リウマチなどの自己免疫疾患など様々。しわとり、肌の若返りなど美容目的もある。

 幹細胞の投与は、糖尿病や腎臓病などの患者には点滴で、しわ取りなどが目的の場合なら顔など局所への注射で行われた。

 治療費は、病状や投与方法などにより異なる。幹細胞を点滴投与されたAさんの場合、比較的高い金額を払ったと見られる。韓国は、日本と同様に国民皆保険が実現されている国だが、この幹細胞の採取・培養・投与は保険で認められていないため、全額自己負担となる。

 有効性や副作用が明らかではない再生医療・幹細胞投与が世界で行われている一方、この治療に希望を託す患者もいる。再生医療の深層を探る。

 再生医療・幹細胞治療についてのご意見・情報は こちら( t-yomidr2@yomiuri.com )へ。

2011年11月17日 提供:読売新聞