人はなぜ寝るのか 第12週「不眠の医療」─Vol.1
 

 不眠は重大事故や身体の変調につながる重要疾患。
睡眠障害をどう診断し、いかに治療するか。
快眠センターの上里彰仁氏が基本から解説する。
まとめ:星良孝(m3.com編集部)

人の睡眠はおよそ8時間

講師は東京医科歯科大学快眠センターの上里彰仁氏氏。

上里 まず睡眠の豆知識からお話しします。どんな動物でも寝ます。キリンは1日20分ぐらい。シマウマも同じくらいです。コアラやナマケモノは1日のうちの大半寝ています。
人間は8時間ぐらいですが、ナポレオンは3時間ぐらいだったと言われています。3時間寝て、昼間には「マイクロスリープ」のような、ちょっとした昼寝をして取っていたと言われます。一方でアインシュタインは1日10時間ぐらい寝ていたと言われています。

疲れたから寝るのか

なぜ睡眠が必要なのでしょうか。疲れたからに決まっているじゃないかと言われそうですね。つまり、疲れてしまった体、疲れてしまった脳を休めるための睡眠です。
しかし実は「疲れていないから眠らなくてよい」というわけではなく、眠りには特別な意味があるのです。例えば眠っている時に成長ホルモンが分泌を促進されますが、それで寝る子は育つと言われるわけです。また寝ている時に骨髄球の造血が促進されたり、60兆個と言われている体細胞の新陳代謝の促進も行われたりします。一方、脳の中で何が行われているかというと、昼間に得た情報を整理したり、覚えた記憶を定着させたりしています。

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睡眠のとらえ方。

つまり、睡眠を「疲れ=ネガティブなことを帳消しにするためのもの」、として捉えると「疲れていないから眠らない」「しょうがないから寝る」ということになってしまいます。しかし、睡眠を「ポジティブなことを得るためのもの」として捉えると、やはり睡眠は重要で意味のあるものであると思えてきます。

睡眠不足の損失は年間80兆円

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睡眠不足の弊害。出典:「2007年度宇宙ものづくりフォーラム大阪講演会議事概要」のとらえ方。

上里 人の一生を80年とすると、そのうち25年間も寝ていることになります。

睡眠不足でどういうことが起きるでしょうか。

1989年のタンカー原油流出事故のほか、チェルノブイリ原発事故、スリーマイル島原発事故などは睡眠不足と関連があると言われています。つい最近日本でも、バスの運転手の睡眠不足による悲惨な事故がありました。睡眠に関連した損失は、世界で年間80兆円と試算されています。スペースシャトルチャレンジャー号の事故を覚えているでしょうか。当時は、科学者、技術者らが一致団結して意気揚々として働いていました。「みんなで頑張ろう」と言って睡眠時間も削り、睡眠への意識が低い時代だったと言われています。
睡眠不足では体にも変調を来します。肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症につながり、心血管疾患、心筋梗塞、脳血管疾患により生命予後は悪化します。一方、睡

眠不足や睡眠障害などが癌のリスクを高めるという報告もあります。

睡眠の仕組み

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眠りのメカニズム。

上里 睡眠は、基本的には拮抗する2つの力のバランスによるものと考えてください。朝起きたら覚醒力が徐々に増えてきますが、実は睡眠欲求も増えます。昼間はこれが拮抗しながら起きている状態になっています。夕食後ぐらいになると、睡眠物質と言われるメラトニンが分泌され始め、急に覚醒力が落ちます。すると睡眠欲求の方が勝って睡眠に入ります。睡眠に入ると、覚醒力が低下する一方で、睡眠欲求も低下して朝になると起きる、ということになります。

夕方になってくると高かった脳の温度が低くなり、脳の活動が低下してきます。大人でもそうですが、赤ちゃんが寝る前になると手足が温かくなって、お母さんたちは「眠る前かな」と気付くでしょう。脳の温度を下げるために、手や背中の温度が上がって体の熱を放出するのです。コルチゾールのような活動性をあげるホルモンは減り、朝方になると逆に増えます。メラトニンは寝る前に増えて、朝になるほど減ります。

睡眠は24時間周期です。ある実験を紹介しましょう。普段普通に生活している人を時間の分からない隔絶した環境に置きます。外の様子や時間を教えず、朝夜が分からない状態にします。するとその人は朝自然に起きるのが遅くなって、眠るのも遅くずれ込み、25時間周期で生活するようになります。元の生活に戻すとまた24時間に戻ります。人は生物学的にはもともと25時間周期でできているようで、外からの同調因子により24時間周期が作られるわけです。その同調因子は何でしょうか。それは目に入る光です。毎朝太陽の光を浴び、信号が睡眠中枢に伝わりリセットされて24時間周期になるのです。光の24時間周期は地球の自転によるものですから、究極の同調因子は地球の自転ですね。

睡眠で脳と身体を休める

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レム睡眠とノンレム睡眠。

上里 睡眠にはご存じの通りレム(Rapid Eye Movement:REM)睡眠とノンレム(non-REM)睡眠があります。

レム睡眠は基本的には体を休めるための睡眠です。覚醒しないまま脳は働いています。神経も働いています。交感神経が亢進して血圧は比較的高く、脈拍も早めです。しかし、脳からの運動指令はシャットダウンされて、筋肉の緊張を抑制し、運動器を休めているのです。またレム睡眠は昼間の記憶を定着させるというメカニズムがあります。最近の研究では、ノンレム睡眠にも同じような効果があることが分かってきました。

ノンレム睡眠は、脳を休めるための睡眠です。自律神経の働きは低く、代謝も低くなっています。筋肉は起きている時ほど緊張していませんが、ある程度緊張しています。脳が発達した高等動物ほど深いノンレム睡眠が発達しています。


2012年10月2日 提供:東京医科歯科大学、研修医セミナー