「目の病気、加齢黄斑変性を知る」 
正しい知識で目の健康維持

 

 医療シンポジウム「目の病気 加齢黄斑変性(かれいおうはんへんせい)を知る」(毎日新聞社・ノバルティスファーマ共催、一般社団法人大阪府眼科医会後援)が12月13日、大阪市北区の毎日新聞オーバルホールであった。患者が徐々に増えているこの病気をめぐって専門医2人が丁寧に解説し、受講者約430人が真剣な表情で聴き入った。【高田茂弘】

 ◆開会あいさつ

 ◇一般社団法人大阪府眼科医会会長・服部吉幸氏

 加齢黄斑変性の患者さんは現在、国内で約70万人いらっしゃると言われております。

 網膜が傷み、視野の中心部分がゆがんで見える、視界が暗くなるなど、日常生活の機能に大きな支障をきたす病気です。ところが、50歳以上の男女に対する調査では、この病気のことを知っている方は3割ほどに過ぎず、7割の方は「よく知らない」と答えるなど、社会的な認知度はまだ低いと言えます。

 本日の医療シンポジウムでは、全国的に加齢黄斑変性治療のエキスパートと言えるお二人の専門医にお越しいただきました。本日のシンポジウムが明日からの「目の健康保持増進」の一助になればと期待しています。

 ◆基調講演

 ◇早期発見が重要−−住友病院眼科診療部長・五味文氏

 加齢黄斑変性という病名は近年、徐々に知られるようになってきました。ただ、体のどこの病気かという問いには「皮膚」などと答えた方もおられ、正しく「目」と答えられた方は、病名をご存じの方でも3分の2程度。まだ十分に認知されているとはいえません。

 加齢黄斑変性はその名の通り「加齢」に伴って網膜の「黄斑」が「変性」する疾患ですが、高齢者だけでなく、40代から発症する方もおられます。黄斑は目の奥、カメラのフィルムにあたる網膜の中心にあり、形や色を見分けています。この黄斑が傷んでくると、視野の中心がぼやけたり、ゆがんだりし、やがて暗く見えてしまう部分が広がって視力も落ちていきます。

 発症の要因はまず加齢です。黄斑は体の中でも代謝が盛んなところで、経年変化ともいえます。遺伝、喫煙および喫煙歴、高血圧や動脈硬化など、生活習慣病と同様の要因も考えられます。食事の欧米化も影響しているとみられています。


 この加齢黄斑変性の進行を抑えるためには早期の発見・治療が大切です。とはいえ、人は普通、両目で見ていますので、片方が加齢黄斑変性になっても気付かないことが少なくありません。片目ずつで見え方をチェックし、建物が曲がって見えたり、畳の縁や柱がゆがんで見えたり、となったら要注意です。見え方のチェックでよく使われるのが、アムスラーチャートです。片目ずつ中央の点を見つめて周囲の線がゆがんでないか、1カ月に1回でもご自身でチェックし、異常を感じれば眼科医にご相談ください。老眼鏡の方はかけたままでチェックしてください。

 なお、診察の結果、「黄斑円孔」「黄斑上膜」「黄斑浮腫」など、黄斑に起こる別の病気と診断されることもあります。これらは治療法も異なりますので、自己流の診断は危険です。

 加齢黄斑変性は、欧米では成人の視力障害の原因の1位になるなど一般的な疾患で、米国での患者は推定で約200万人といわれています。米国では男性より女性が多く、男性が女性の2〜3倍に及ぶ日本とは対照的です。日本での視力障害の原因では緑内障、糖尿病網膜症、網膜色素変性に次いで4位。高齢者の10人に1人はこの病気に罹患(りかん)し、75歳以上の後期高齢者では、視覚障害の原因の2位になります。

 中には両目ともに加齢黄斑変性を患う方もいらっしゃいますが、悪化しても失明する方はまれです。ただ数カ月で極度に視力が低下するケースもあり、放置は禁物です。残念ながら、すべての加齢黄斑変性が治療できるわけではありません。加齢黄斑変性には2タイプがあり、一つは「萎縮型」で、網膜そのものが薄く、弱くなっていきますが、有用な治療法がありません。

 もう一つは「滲出(しんしゅつ)型」で、網膜の裏にある脈絡膜から新しい血管が生じ、出血したり脂肪分が沈着したりして黄斑の機能を損ねます。今はこの滲出型を対象に治療が行われています。

 治療の前には、視力検査やアムスラーチャートに加えて「眼底検査」を行います。瞳孔を開く点眼薬を差し、目の奥をのぞき見ます。「光干渉断層計」は赤外光を用いて、網膜の断面を詳細に描き出す検査です。静脈に造影剤を注射して、眼底の血管の状態を詳しく調べるのが「蛍光眼底造影」。これらを組み合わせて、病気の活動性や大きさなどを調べます。早いうちに見つければ、治療が効きやすく、視力低下の進行も抑えられる可能性が高くなります。

 ◆基調講演

 ◇日本食で予防を−−関西医科大眼科学教室教授・高橋寛二氏

 加齢黄斑変性は昔は治る病気ではなく、放置していると、視力の悪化などでQOL(生活の質)が徐々に低下していました。

 現代医学におけるこの病気の治療目的は視力低下を防ぐ、抑えることにあります。特に五味部長が紹介された「滲出型」の場合、網膜深部への老廃物の貯留を防ぐなどの予防的な治療の一方、悪さをする新生血管を抑える、いくつかの治療法が開発されています。

 まず、比較的歴史があるのが、新生血管をレーザー光で焼き固める「レーザー光凝固術」で、新生血管が中心部にない場合に実施されます。ただ、周囲の正常な組織にもダメージを与え、凝固した部位に対応する部分の視野が欠ける、という欠点があります。

 もう一つは、弱いレーザーを病変部に当てる「光線力学的療法」です。光に反応する薬剤を静脈に注射し、15分後に弱いレーザーを83秒間、眼底に当て、新生血管を小さくします。病状の進行を止めるほか、20〜30%で視力の改善がみられます。継続的に行う治療法で、3カ月ごとに検査し、結果を踏まえ、必要に応じて再び実施します。

 また、近年盛んに実施されているのが「抗血管新生療法」です。新生血管の成長を活発化させる血管内皮増殖因子の働きを抑えるもので、薬剤を目の硝子体(しょうしたい)に直接注射してこの因子を抑制し、新生血管の増殖・成長にブレーキをかけます。比較的効果の高い治療法で、眼球自体への注射ですが、点眼麻酔を施すので痛みはほとんどなし。ただ、患者さんの中には、目への注射に強い恐怖感を持つ方がおられるのも事実です。

 この療法では90%近くで病状の進行が止まり、30〜40%で視力の改善がみられた、というデータがあります。注射する薬剤は3種類開発されており、効果や安全性などを踏まえて選んでいきます。副作用としては眼圧上昇や白内障などがあり、術後のケアが必要です。一定期間ごとに通院・注射を繰り返すのが普通で、根気も必要です。さらに、1回の薬代が12万〜17万円と高価なため、保険を利かせた3〜1割の自己負担でも、手軽にとは言い難いところです。

 これらの治療法でコメントを加えたいのは、加齢黄斑変性は老化現象だと諦めるのではなく、治療によって視力が改善することもある、少なくとも病状の進行は抑制される、ということです。

 加齢黄斑変性の予防面の留意点を、五味部長のお話と重複しない範囲で。食事面でのヒントでは、抗酸化物質を含む濃い緑色の葉物野菜や全粒穀物、魚などがいいでしょう。栄養素で言えばビタミンA、C、E、亜鉛などで、これらがバランスよく摂取できる伝統的な日本食はベストと言えます。治療と並行させるロービジョンケア(視覚障害に対するリハビリ)では、ライト付きルーペや拡大読書器などの視力補助具がさまざまに開発・市販されています。パソコンや携帯電話では画面を白黒反転できる機能のあるものが便利です。

 最後に、山中伸弥教授によるiPS細胞の実用化の行方をよく尋ねられるので、少しだけ。iPS細胞の臨床応用では眼科が先端に位置しており、2013年度から、神戸市内で、患者6人に網膜色素上皮細胞のiPS細胞の移植が行われる予定です。細胞が根付くか、腫瘍化の恐れはないかなど、安全性の見極めが優先され、視力改善などの試験はその後になるものの、今後、期待の集まる分野といえます。

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 ■人物略歴

 ◇ごみ・ふみ

 大阪大学医学部卒。医学博士。日本眼科学会専門医、同学会指導医、眼科PDT認定医。専門分野は黄斑疾患、網膜硝子体疾患。



2013年1月21日 提供:毎日新聞社