越境大気汚染、対策の遅れ
 

 Dr.中川のがんの時代を暮らす:

 中国のトラックや工場から排出された直径2・5マイクロメートル以下の微小粒子状物質「PM2・5」が偏西風に乗って、西日本などに飛来し、各地の大気中の濃度が上昇しています。九州で観測されるPM2・5の約半分が中国からと言われ、「越境汚染」に対する不安が広がっています。福岡市など一部の自治体は、大気中のPM2・5の濃度を公開し始めました。

 大気汚染による肺がんのリスクは以前から知られており、米国は1997年に大気中のPM2・5の濃度を規制する基準値を設けました。一方、日本では、東京都内のぜんそく患者らが、自動車の排ガスによる健康被害に対する賠償と汚染物質の排出差し止めなどを求めた「東京大気汚染訴訟」まで基準がありませんでした。和解にあたって原告側が、大気汚染についての規制を国に要望し、09年にようやく環境省がPM2・5に関する基準値を定めました。

 PM2・5対策で米国に10年以上後れを取った日本ですが、受動喫煙やアスベストについても同じような遅れが目に付きます。アスベストの危険性が明らかになった早い時点で政府が対策をとった米国では中皮腫が減っています。ところが、日本では今後10年は増加が予想されています。中皮腫は難治性で、発症を抑えることが大事ですから、大きな問題です。

 日本の受動喫煙対策も、米国よりはるかに遅れており、受動喫煙が原因で死亡する人の数は、交通事故による死亡数を超える年6800人に上ると推計されています。米国で減少に転じた肺がんによる死亡が、日本は増え続けていることが、日本の喫煙対策の遅れを如実に示しています。

 PM2・5の影響は受動喫煙などのリスクと比べればわずかです。一時的に基準値を超えたとしても、過剰に恐れる必要はありません。また、PM2・5の越境汚染を防ぐことはできませんが、受動喫煙は減らすことができます。具体的には、分煙ではなく、欧米並みに建物内を全面禁煙にすること。喫煙率を減らせば、リスクを大幅に減らせます。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)

2013年2月18日 提供:毎日新聞社