香山リカのココロの万華鏡:7年後のオリンピック /東京
東京オリンピック開催に沸いた週末が明けた診療所。患者さんたちの中に、さえない表情の人が目立った。「どうしました? うつの症状がひどくなりました?」と聞くと「オリンピックが……」という答えが。「え、好きじゃないんですか、オリンピック?」と言う私に、「いえいえ、東京に決まって本当によかった」と、慌てて否定した人もいた。
その人たちは、「7年後」という現実味があるようでいて、それなりに長さもある年月に負担を感じ、気が重くなっているのであった。ある人は、「7年後に、自分はもう50代かと考えるとめまいがする。まだ独身か。仕事はどうなっているのかと急に不安になった」と語った。別の人は、「それまでに大きな災害があったらどうしよう。どこに逃げたらいいのかと想像してしまう」と話した。「まだうつ病が治らずに、こうやってここで先生と話していたら、と考えると気がめいる」という正直な人もいた。
「まあ、きっと大丈夫ですよ。元気になってオリンピックに熱狂してますよ」などと言いながら、ふと「自分はどうしているのだろう」と、我が身にも目が行く。7年後に私は60歳。世間で言えば還暦だ。大学や病院の定年も近い。退職後の備えはできているのか。マンガやゲームからは卒業し、年齢相応の落ち着きを身につけているだろうか、などと途端にあれこれ心配になってくる。
マスコミの仕事で会うテレビディレクターや編集者らは「ついに東京にオリンピックが来るね!」と、みんな手放しで喜んでいる。中には60代もいるが、「絶対に現役でその日を迎えたい」「孫もその頃は大学生。一緒に観戦へ行けるかと思うとワクワクする」と、新たな励みにしている人も少なくない。広告代理店に勤める友人は「7年なんてあっという間。準備が間に合うかどうか」と、今から気ぜわしい。
「7年後のオリンピック」を、明日のことのように楽しみにできるか。それともその日までの時間の長さにぼうぜんとしたり、その時の自分や社会に良くないイメージを抱いてしまったりするか。その違いで「今の心のエネルギー」を測れそうな気もする。
とはいえ、張り切りすぎて息切れしてしまうようでは元も子もない。「今よりきっと悪くなっている」と悲観する必要もないが、被災地の復興などやるべきことはきちんとやりつつ、気持ちを落ち着けてその時を待つ。そうありたいものだと、自分にも言い聞かせた。
〔都内版〕