年々増える医療訴訟

最高裁のまとめによれば、昨年1年間にあった医療関係訴訟は前年比10%増の896件。1993年が442件だったから、10年ほどで2倍になった。

医療機関が訴訟や紛争のもとになる医療事故・過誤を起こさないようにリスクマネジメント体制をとることは言うまでもなく、不幸にして事故や過誤が起きた場合、患者の救済を第一に考えることが重要だ。

国立保健医療科学院によれば、訴訟になる前の医療紛争は医師1人に約1件、年間ほぼ20万件にのぼる。訴訟に至るのはそのうちの900件弱、全体の0.5%以下だ。

訴訟が少ないのは、原告(患者・家族)に長い訴訟を乗り切るために経済的な負担を強いたり、医療機関側がカルテなどをなかなか提出しないなど、裁判が患者・家族側に不利なことが背景にある。医療消費者ネットワークMECON(メコン)代表世話人の清水とよ子さんも著書『医療ミス』の中で指摘している。

医療鑑定人を増やすことやカルテなどの情報開示を徹底することなど、改善しなければならないことがいくつかある。

それ以上に考えなければならないのは、事故・過誤にあった患者の“経済的救済”だ。患者・家族に生活費や訴訟費用を一時的に立て替える制度があってもいい。政府や自治体が主導してつくることを本格的に考えるべきではないか。

また、素人にとっては専門的な医療紛争の問題を相談できる場が必要だろう。医療紛争に詳しい弁護士の三輪亮寿さんはそうしたことの手立てとして、医療分野の裁判外紛争処理機関(ADR)の確率を提案する。

ADRは安価に手軽に利用でき、解決にかける時間も裁判より短い。住宅や消費者問題などでは、自治体や建築協会などが運営している。こうした駆け込み寺」の医療版をつくってはどうかというのだ。患者・家族の救済の意味からも設置を真剣に検討すべきことかもしれない。

一方、リスクマネジメント体制を強化するにはまず「医師をはじめ医療従事者は間違いをしない」という考えを改めることだ。医療従事者も人間であるから過ちは起こしうる――という前提で医療機関を運営すべきである。

4年ほど前、米国政府の資金を受けた「医療の質委員会」が医療事故を防ぐための手立てをまとめた。キャッチフレーズは「To err is human」(『人は誰でも間違える』の邦題で日本評論社から出版)。患者の安全を考慮して医療従事者の労働時間や作業シフトを組むことや記憶に頼らないチェックリストを整備することなど、人がもつ限界に考慮したシステムをつくることを提案している。

日本の医療機関でも航空機事故の防止に倣って「ひやりはっと運動」を進めているところが増えている。日常的なミスや誤りやすいことなど気になったことを積極的に報告し、重大な事故を未然に防ごうというものだ。リスクマネジメントの1つとして実効をあげているところは多い。

ただ、東京女子医大での「カルテ改ざん事件」で見られた医師のモラルが疑われる例や、患者に比べて看護師などスタッフが少ないといったことなど、医師教育、医療制度が事故や過誤の誘因となっているという指摘もあり、この面でも改革も求められる。(編集委員 中村雅美)

(2003.6.8 日本経済新聞)