第17回保団連医療研究集会
「医科・歯科隣接医学〜歯周病を見直す〜」
シンポジウムU
横浜市磯子区 HECサイエンスクリニック
看護師  猪股由美子  氏






昨年の丸森英史先生を中心とした横浜歯科座談会との医科・歯科共同研究をきっかけに、当院の糖尿病患者を対象に歯についてのアンケート調査を行った。正常な人と比べて2.5倍も歯周病になりやすいと言われる糖尿病患者が正しい知識を持ち、そして行動できているのかについて検証したので報告する。

調査期間は2001年4月から5月まで。調査対象は当院の外来患者(糖尿病患者:130名、高血圧や高脂血症等、糖尿病以外の慢性疾患での患者:90名、計220名。以下前者を「糖尿病群」、後者を「非糖尿病群」とする)で、調査方法は記名のアンケート形式で行った。両群とも年齢は40歳から69歳までで、当院への4ヵ月以上定期通院していることを条件とした。調査項目は、「現在の歯の状況」「歯の手入れの実態」など計37項目。患者背景は、年齢・性別・体格指数(BMI)に両群の差はなかった。糖尿病群の血糖のコントロール状況については、平均するとHbA1cは7.17%で、臨床管理の上ではまずまずのコントロール状況と言える値であった。

自覚症状と歯周病の診断経験等を質問した結果、歯の有病率は糖尿病群の方が高いが、「出血」や「歯肉の腫れ」などにはほとんど差は無く、「歯周病の診断」でも有意差は認められなかった。糖尿病コントロール別に見た有病率を比較した結果、有意差が見られたのは「歯の動揺」のみであった。歯磨き指導経験の有無について、糖尿病群の指導を受けている割合が有意に高いという結果となったが、残念ながら指導効果は十分に発揮されていないように見受けられた。1日の歯磨き回数について、両群とも「1日2回」という回答が多数であった。アメリカのDr. Mooreによる調査では、糖尿病患者のほうが歯磨き回数が少ない傾向があるとのことだが、今回の調査では両群の歯磨き回数に差はなかった。
歯磨きに用いる用具についても、各器具について両群に有意差はなく、何らかの器具を併用していた方は糖尿病群27%、非糖尿病群31%に止まった。歯磨き回数と口腔衛生状態は一致しないと言われているが、歯ブラシとの併用が推奨されている歯間ブラシやフロスを使っている方は、歯に関する意識が比較的高いと考えて良いのではないかと思う。その点で考えると、糖尿病患者の方がブラッシング指導を多く受けているとはいえ、意識が高いとは言えないようである。実際、糖尿病に罹患した前後での口腔ケアに対する意識の差を質問しても「変わらない」と回答した人が半数以上であった。

口腔ケアの知識度は、糖尿病群・非糖尿病群とも有意差がなかった。正しい歯磨きが有効であることは両群とも8割以上が認識していたが、「タバコの影響」を知っていたのは両群3〜4割のみ。また、糖尿病患者さえ約半数が「糖尿病と歯周病の関係」を「全く聞いたことが無い」と答えた。口腔ケアの知識の情報源を見ると、両群とも歯科医からが最も多く、糖尿病群では次に内科医、テレビや雑誌がほぼ同数で、看護師からはわずか2.3%であった。非糖尿病群では歯科医を除くとテレビや雑誌からが多く、やはり看護師は1.1%であった。糖尿病、非糖尿病患者問わず歯に関する情報提供者として看護師が予想以上に関わりを持っていないという事が明らかになった。

嗜好品摂取状況の実態について、甘いお菓子やジュースに関しては、糖尿病群の方が明らかに控えているということがわかるが、喫煙については両群に有意差はなかった。また、禁煙した人も、糖尿病患者より非糖尿病患者の方が少ないという結果が見られた。低血糖の時の「補食後の清潔行動」について、今までに低血糖症状を経験したことのある糖尿病患者52名中、補食した後にうがいまたは歯磨きしている人は全体の42%で、半数以上は全く清潔行動をとっていなかった。理由は「つらくて出来ない」などのやむを得ないものもあるが、「面倒だから」とか「必要性を感じない」など療養指導の現状を反省させられる理由も多くなっている。昨年の共同研究において、血糖コントロール良好な患者の歯肉の状態が予想外に悪いという例を経験した。低血糖の頻度が比較的多い患者であり、また虫歯になりやすいと言われる酸性飲料を補食に利用していたことから、歯科の先生より「補食の悪影響では」とのコメントがあった。看護師は、その場の危険回避のみを優先しがちな低血糖指導を見直す必要があるのかも知れない。

今回の調査では、糖尿病患者、特にコレステロール不良患者の歯の有病率が非糖尿病患者と比べて高いことが示された。また喫煙率、セルフケア状況、歯に関する知識には両群に違いは認められず、セルフケアの必要な対象者として十分な指導を受けていないことが示唆された。また、低血糖補食後のケアが盲点となっていたことも示された。これは今まで看護師が歯科指導に充分に目を向けてこなかったことを表しているが、糖尿病の療養指導はそれだけ多岐にわたる課題を抱えている事実もある。また、現実には歯科との連携がとれる病因・クリニックは少なく、内科看護師が中心となって口腔指導に取り組んでいるところはまだまだ小数である。よって今回の調査結果は、当院だけの問題ではないと思う。今後の課題として、口腔ケアを糖尿病教室のプログラムに組み込むのが近道だと考えるが、それには看護師の口腔ケアに対する知識がある程度必要となる。また歯科医との連携がとれるシステム作り、いわゆる『診診連携の充実』が望まれる。今回の発表が、口腔指導を先延ばしにしているであろう多くのクリニック・看護師の刺激になれば幸甚である。

2003.2.5 神奈川県保険医新聞