胃の気ある人
日本人には胃がんが多い。塩分の取りすぎが最大の要因で、摂取量が多い地域で目立つ。高濃度の塩分を含む食品は胃の粘膜を傷つけ炎症を起こし、それが発がんにつながる。日本人男性は先進国の中でも喫煙率が高いが、喫煙が胃がんの要因になっているとの報告もある。胃に吸い込まれたたばこの煙に有害物質が粘膜を刺激してがんを招くというのだ。

ヘリコバクター・ピロリ菌という細菌は周囲をアルカリ性にして胃酸を中和し胃に生息する。この菌は難治性の胃十二指腸潰瘍(かいよう)の原因になるが、胃がんの発症にもかかわる。ピロリ菌が陽性の潰瘍では抗生剤などによる除菌治療をする。

しかしピロリ菌が胃にいると必ず潰瘍やがんになるわけではない。40歳以上の日本人の約8割がこの菌を胃に持っている。抗生剤による副作用が出ることもあり、潰瘍以外では治療に使わない。菌を抑えるには緑茶のカテキンが有効。抗菌作用のあるヨーグルトも売られている。

胃がんとの関係が疑われている発がん物質にニトロソアミンがある。胃内の強い酸性状態でアミンと亜硝酸塩が反応してニトロソアミンが生成される。アミンは魚や肉類、ハム、ベーコンなどの加工品などに含まれ、特に魚を焼いた場合、生の10倍もアミンの量が増えることもある。

亜硝酸塩はレタス、白菜、大根などの野菜類、特に漬物に含まれる。塩干し魚にも多い。発色剤として食品添加物としても使われている。

アミンと亜硝酸塩との反応はビタミンCや同Eで抑えられ、ニトロソアミンが生じにくくなる。焼きサンマとビタミンCたっぷりの大根おろし、とんかつとビタミンEを含むキャベツを一緒に食べることは理にかなっている。

また食後に緑茶を飲めばビタミンCだけでなく、大量のタンニンがニトロソアミンの生成を抑えると考えられる。昔からの食生活の知恵はがんを防いで、胃を守ることに役立っている。貝原益軒の『養生訓』には「胃の気あるひとは生く。胃の気なきは死す」とある。胃を丈夫に保つことは健康を守るために大切だ。
(国立長寿医療センター疫学研究部長 下方 浩史)
2004.10.10 日本経済新聞