マツタケやクリ、サンマなど山や海の幸が店頭にあふれている。味覚は視覚や聴覚と違って年をとっても衰えにくいとされるが、中高年の場合、油断は禁物。色々なものをよくかんで食べると機能が保たれ、いつまでもおいしさを楽しめるという。 |
料理研究家である服部栄養専門学校の服部幸應校長が心配していることがある。若い人の味覚の低下だ。同校では新入生全員に味覚テストを実施する。砂糖(甘み)・塩(塩味)・酢(酸味)・キニーネ(苦み)・グルタミン酸(うまみ)の5つの基本味を蒸留水で濃度0.001−0.004%の4段階に薄め、味を見分けるというもの。
一番薄いもので5つの味を区別できた割合は20年前なら50%強だったが、最近は27%。一番濃いものでも全部正解した生徒は半分だった。「味の微妙な違いが分からなくなっている」と嘆く。
味覚を鈍らせる犯人として服部校長は「ばっかり食」「ばらばら食」といった食事スタイルを挙げる。「ばっかり食」とは同じものばかり口にする食べ方。ハンバーグ定食の場合なら、最初にハンバーグを平らげ、次は付け合せのニンジンを食べ尽くし、最後はみそ汁を飲み干す。
これでは口の中で単調な味が続き、味覚への刺激が足りない。「はしをつける料理を次々と変えることで味が混ざり合い、味覚が鍛えられる」と服部校長は説明する。
「ばらばら食」は家族や友達が一緒に食事をしていても別々の料理を食べる場合を指す。ファミリーレストランで見かける光景だが、これでは同じものを口にして「おいしい」という感想を分かち合えず、味覚が鍛えられない。核家族化などによって味覚を養う機会が失われている。
中高年の場合はこうした食生活に加えて、薬の服用や入れ歯によるかみ合わせの悪さが原因で鈍ることがある。
「味が薄く感じる」「味が分からない」。こうした症状が長引くと味覚障害が疑われる。長年、味覚外来で患者を診察してきた冨田寛・日本大学名誉教授は「味覚障害の約3割の患者は亜鉛を補えば回復する」と語る。
「甘い」「辛い」などを感じられるのは、舌やあごに点在する味らい(味細胞)が味覚情報をとらえ、神経を通じて脳に伝達しているからだ。味細胞はほぼ1カ月周期で入れ替わると考えられており、新たな細胞を生み出すのに不可欠なのが亜鉛だ。
日本人が1日に必要な摂取量は男性12ミリグラム、女性10ミリグラム。食生活の偏りで亜鉛欠乏に陥るほか、降圧剤や利尿剤など服用薬の種類によっては体内の亜鉛を奪い取ることがあるので、医師などに相談することも大切だ。
亜鉛を多く含む食材の代表は牡蠣(かき)。大きいものだと1−2個食べれば1日の必要量が賄える。最近は亜鉛を含むサプリメントも登場。冨田名誉教授は、「コメも相応の亜鉛を含む。亜鉛不足解消には毎日3食、ご飯を食べるとよい」と話す。
味覚を守る基本はよくかむこと。食べ物を細かくかみ砕き、だ液とよく混ぜ合わせることで、味細胞は味覚情報をとらえられる。「おいしいか、おいしくないか」「この味は他のどの味に似ているか」など味を意識しながら食べることでも鍛えられる。
食事を楽しむには香りも重要な役割を演じている。風邪で鼻が詰まると何を食べてもおいしく感じない経験は誰にもあるだろう。神戸松蔭女子学院短期大学の坂井信之・助教授は、香りに味覚増強効果があるか実験した。ストロベリーの香りなど甘さを喚起する香りをショ糖溶液に加えたところ、加えないものより強い甘みを感じることが分かった。酸っぱさでも同じことが起きるという。
糖尿病や高血圧で食事制限を受けると、薄味の料理を食べなければならない。「人工香料などで風味を工夫すれば、糖分・塩分量を変えなくてもおいしく食べられそうだ」と坂井助教授は語る。
味覚を鍛えるには…
「ばっかり食」「ばらばら食」を避ける |
同じものばかり食べず、おかずの次にご飯、みそ汁、またおかずといった要領で少しずつ順番に |
とにかくよくかむ |
食材を細かく、だ液がよく出るように |
味を意識しながら食べる |
味覚は脳の働きも重要。それまで食べたものと比べておいしいかどうか考えてみる |
亜鉛不足に注意 |
味細胞の入れ替わりを促す |
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◆「ビールは最初の1杯がなぜうまい?」など味覚に関する疑問を解くなら
『味のなんでも小事典』(日本味と匂学会編、講談社)
◆豊かな食卓を実現する方法を探るなら
『新装版・食育のすすめ』(服部幸應著、マガジンハウス) |
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