ストレッチやバランス鍛錬
高齢者が寝たきりになる原因の一つが転んで骨を折ること。背景には筋力のほか、関節の柔らかさやバランス感覚など全身の衰えがあるが、普段の心がけ次第で防げる。病院や自治体では予防の知恵や体づくりを指南する教室が盛況だ。知っておくべきポイントは。
「お尻を浮かせて、戻して」。あおむけに並んだ高齢者に指導員が声をかける。「ちょっと無理です」という反応がかえってくると、「無理せずに、できる範囲でいいですよ」と励ます。これは東京厚生年金病院が1997年から始めた「転倒予防教室」の一場面だ。
同教室は1−2週に1度のペースで開かれ、修了式も含めて合計8回、3カ月にわたる。健診や体力測定から始まり、予防につながるストレッチ(筋伸ばし体操)や筋力増強運動、歩行指導など、指導内容は盛りだくさん。
ボール遊びなどを楽しみながらバランス感覚を鍛えられるメニューもある。修了者は約5百人。追跡調査の結果、転倒の頻度は半減、骨折者も3分の1に減った。
自宅でも手軽にできるメニューの1つが「つぎ足歩行」。片足のつま先ともう片方のかかとを接するように歩く。「三半規管が刺激されバランス感覚が鍛えられる」(厚生年金病院健康管理センターの長谷川亜弓医員)
筋肉を伸ばし、関節を動きやすくするストレッチには様々な種類がある。四つんばいになり、両手を前に出してお尻を後ろに突き出すネコのような姿勢をとれば、背中や腰を伸ばせる。このほか、駆け足のスタートの姿勢で太ももの付け根を伸ばしたりするのも有効という。
いずれも@弾みをつけず、ゆっくり伸ばすA伸ばす筋肉を意識するB痛みのない範囲で30秒程度、同じ姿勢を保つ――などが要点だ。弾みをつけたりすると関節や筋肉を傷める恐れがある。
歩き方や靴の選び方も重要だ。ちょこちょこ小さな歩幅で足元を見ながら歩くのでなく、目線を前におき、ももをしっかり動かす。つま先で地面をけり、着地はかかとから。靴はかかとが丈夫で地面に触れる部分が大きいものが基本。指の付け根が適度に曲がるとよい。
転倒予防体操などを指導する教室は全国で1600ほどあるという。東京厚生年金病院のように有料(7万8千円)で健診をはじめ、長期指導するタイプから、自治体などが無料で1日、注意点を気軽に指導するものまで様々だ。
東京都北区では2002年から「1万人の転倒予防」と名づけた無料の事業を推進中だ。予防体操の指導に出向く「出前講座」は随時、"転ばぬ先のちえ"と題した教室は毎月開催している。毎週の「筋力アップ体操教室」もあり、参加者は1万8千人に達している。
予防に役立つストレッチの要素を組み込んだ独自の「北区さくら体操」も考案。毎朝ケーブルテレビで放映している。同区健康福祉部の唐沢啓子副参事は「きっかけづくりで終わらせず、長く続けてほしい」と狙いを語る。
転倒予防に詳しい東京大学の武藤芳照教授(東京厚生年金病院客員部長)は「普段からこまめに体を動かすことが大切」と話す。靴を覆く、浴槽に入るなど、何気ない動作で片足で立つことを心がけることもバランス感覚などの鍛錬につながるという。「無理なく気軽に楽しんでやるとよい」と武藤教授。
病院や自治体の予防教室に参加すると、仲間ができて楽しく続けられるというメリットもあるようだ。「寝たきりにはなりたくなかった」と東京厚生年金病院の予防教室に参加したKさん(71)は、正しい運動の仕方などを丁寧に指導してもらえたことはもちろん、「一緒に旅行にいくような新しい友達もできた」ことに満足している。3カ月に1度のペースで開かれる"同窓会"が楽しみだという。
武藤教授らがメンバーの転倒予防医学研究会と牛込消防署などは11月9日、転倒に関する質問に答える1日電話相談を開設する。日ごろの悩みを相談するのに便利だ。
転ばない体づくりに有効な運動(一部)
つぎ足歩行
つま先にもう片方の足のかかとを接するように歩く。バランス感覚を鍛える
ネコのポーズ
両手を前に出してお尻を後ろに突き出し、背中や腰を伸ばす
かけっこのポーズ
太ももの付け根を伸ばす。弾みをつけないように注意
(注)無理せず痛みのない範囲で体を動かす
(東京厚生年金病院の資料などをもとに作成)
ひとくちガイド
≪1日電話相談≫
◆転倒についての質問なら
転倒予防医学研究会など(11月9日午前10時−15時の間だけ。○電03・3235・0119)
≪本≫
◆予防のポイントなら
『武藤教授の転ばぬ教室』(武藤芳照著、暮らしの手帖社)
≪ホームページ≫
◆転倒や骨折などに関する一般的情報なら
豊かな骨推進委員会(http://www.richbone.com/tento/bs/index.htm)
2004.10.31 日本経済新聞