淡薄なる物好むべし

貝原益軒は『養生訓』で食事についていろいろと考察している。80歳以上まで生きた経験などから「淡薄(たんぱく)なる物を好むべし」と論じている。脂っこいものや味の濃いものは避けて、薄味を守るべきだ。

塩分の取りすぎは高血圧や心臓病、脳梗塞(こうそく)の要因になることはもちろん、胃がんを引き起こすことが知られている。味の好みは幼少期に形作られる。現代はインスタント食品やファストフードなど、塩分や油分の多い食品があふれているが、幼いころから薄味に慣れさせることが必要だ。

薄味の微妙なおいしさを感じるには鋭敏な味覚が必要だろう。これが衰えるとどうしても濃い味を好むようになる。しかし、味覚は加齢とともに機能が衰える。だ液分泌の減少や義歯の影響などもあるが、舌にあって味を感じる味蕾(みらい)と呼ぶ細胞の萎縮が大きな原因だ。口の衛生状態が悪いと、舌炎を起こして障害は進みやすい。中高年になってからは特に大事にするよう十分心がけなければならない。

味覚障害の原因として亜鉛欠乏症が注目されている。亜鉛は魚介類、ノリ、抹茶や玄米など、和食に使われる食材に多く含まれる。しかし食生活の欧米化により摂取量が少なくなってきている。亜鉛の所要量は30−40代なら男性が1日12ミリグラム、女性が10ミリグラムなどとされているが、私たちの調査でも必要な量を取れていない人が8割に達している。

味覚障害は味蕾の数が少なくなっている高齢者に生じやすい。甲状腺疾患、胃腸障害、肝炎や糖尿病などの疾患、ストレスでも亜鉛が欠乏することがある。降圧剤、高脂血症薬、抗ヒスタミン剤などの中にも欠乏を起こすものがある。60歳以上の味覚障害患者の3人に1人は薬剤による欠乏が原因ともいわれる。

亜鉛欠乏による障害は1年以内に治療しないと回復しないこともあり、早めの対応が必要だ。亜鉛の多い食品の代表は牡蠣(かき)で100グラム中に14ミリグラムも含む。海のミネラルが豊富なので是非、食卓に取り入れてほしい。
(国立長寿医療センター疫学研究部長  下方 浩史)
2004.11.14 日本経済新聞