軽度の異常の重なりも怖い

メタボリックシンドロームは、心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞などの動脈硬化性疾患と、非常に関係が深い病気です。今月8日には初の診断基準も発表されました。メタボリックシンドロームとはどんな病気なのか、診断基準の内容、それが設定された背景や意義などについて、東京大学大学院医学系研究科内科学教授の藤田敏郎先生に伺いました

1 動脈硬化が発症・促進しやすい病気

最近、注目されているメタボリックシンドロームとはどんな病気ですか。

藤田 関連八学会が発表した診断基準では、内臓脂肪の蓄積と、それを基盤とするインスリン抵抗性および糖代謝異常、脂質代謝異常、血圧の異常の複数を合併した、動脈硬化を発症・促進しやすい病態と定義しています。心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化性疾患は働き盛りに突然発症して、本人や家族はもちろん職場にも深刻な影響を及ぼします。その大きな原因となるのがメタボリックシ

定期健診でも普通に見つかる異常ばかりですね。
藤田
 ええ。かなり以前から動脈硬化性疾患の発症リスクは、高脂血症、高血圧、糖尿病が重なると飛躍的に高まることが明らかにされていました。しかし20年ほど前から、軽度の異常の重なりも問題であることが分かってきたのです。このためシンドロームX、死の四重奏、内臓脂肪症候群などの概念が次々に提唱されてきましたが、メタボリックシンドロームの疾病概念はそれらを整理し、1つにまとめたものといえます。

動脈硬化の最大の危険因子は高LDLコレステロール血症です。しかしこれはスタチン薬の登場でコントロールできるようになり、治療効果も証明されています。そこで動脈硬化性疾患を克服するための次の課題として、心臓病が国民病であるアメリカを中心に、メタボリックシンドロームが注目されるようになってきたわけです。

2 内蔵脂肪の蓄積がキープレーヤー

診断基準では内臓脂肪の蓄積をキーとして位置づけているのが特徴です。これはどんな理由からでしょう。
藤田
 キープレーヤーを内臓脂肪の蓄積とするのか、あるいはインスリン抵抗性とするのかは議論の分かれる点です。例えばシンドロームXではインスリン抵抗性を最重要視しています。にもかかわらず内臓脂肪の蓄積をより重視したのは、大きく2つの理由からです。

1つはインスリン抵抗性の有無を調べる簡便な方法がないことです。ブドウ糖負荷試験をすれば分かりますが、定期健診などで受診者全員にそれをやるのは現実的といえません。もう1つはインスリン抵抗性はそのすべてではないにしても、90%以上は内臓脂肪の蓄積があることによって加速することが分かっているためです。

実際的な診断のしやすさを優先したわけですね。
藤田
 そうです。この内臓脂肪蓄積の基準にも特徴があります。日本は、へその高さで測ったウエスト周囲径が男性85センチ以上、女性90センチ以上が基準なのに対し、アメリカはそれぞれ102センチ超、88センチ超です。世界保健機関(WHO)は人種差を考えて、診断基準は各国の事情に合わせて決めるように勧告していますが、日本人は糖尿病などになりやすい遺伝的体質を持っているので、こうしたわけです。また、女性の数値が男性より大きいのは、日本人女性は皮下に脂肪がたまりやすく、ウエスト周囲径の割には内臓脂肪の蓄積が少ないことが多いのが理由です。

3 メタボリックシンドロームの実態を解明


日本とアメリカの診断基準は、ほかにも違いがあるのですか。
藤田
 アメリカは日本と同様、インスリン抵抗性ではなく内臓脂肪の蓄積を診断項目に取り上げていますが、キープレーヤーとは位置づけていません。ただ、今後はそういう方向にいくようです。そのほかの違いは、アメリカが女性のHDLコレステロール値の基準を50mg/dL未満にしているぐらいです。

診断基準が設定されたことで今後、メタボリッシュシンドロームはどんな治療をすることになるのですか。
藤田 そこが非常に誤解されやすい点ですが、今度の診断基準は治療のためのものではないのです。これを設定した最大の狙いはメタボリックシンドロームという疾病概念を確立することによって、国民の動脈硬化に対する意識を高めてもらうことにあるのです。従って今後やるべきことは、まず診断基準を物差しにして、日本のメタボリックシンドロームの実態を明らかにすることです。

どんなことを調べるのですか。

藤田 診断基準に該当する人が全国にどのくらいいるのか、年代別にはどうか、どんな状態の人が心筋梗塞や脳梗塞を発症しやすいのかといったことです。それによってメタボリックシンドロームの改善、動脈硬化性疾患の効率的な予防戦略が決まってくるわけです。将来的には、高脂血症、高血圧、糖尿病といって個々の病気の治療薬ではなく、総合的にリスクを軽減し、動脈硬化を防ぐ薬の開発も期待されます。

4 有酸素運動を毎日30分以上続ける


そうすると、定期健診などで軽度の異常が重なったメタボリックシンドロームと指摘された場合、どう対処すればいいのでしょう。
藤田 メタボリックシンドロームになるのは、遺伝的体質に生活習慣の乱れが加わるためです。従って生活習慣の改善、特に食事と運動に気をつけること。食事についていうと、日本人の平均カロリー摂取量は近年、頭打ち傾向にあります。ただし内容が問題で、飽和脂肪酸の摂取量が増えている。これを抑えることがポイントになります。

運動に関してはどうでしょう。
藤田 ウオーキングのような有酸素運動を30分以上続けるといいでしょう。通勤時に1駅手前で降りてオフィスまで歩くといった工夫をしてください。体重はそれほど落ちませんが内臓脂肪は確実に減るし、インスリン抵抗性も改善されます。ただし運動に取り組むに当たっては、注意するべきことが2つあります。
1つは、心臓病の既往がある人は医師と相談した上で取り組むこと。そうしないと突然死する危険もあります。もう1つは、ひざを傷めないようにすること。メタボリックシンドロームの人は肥満がありますから、急にジョギングなどをするとひざを悪くして、さらに太るような結果にもなりかねません。年齢に関係なく、無理をしないでも続けられる運動を選択することが大切です。

メタポリックシンドローム診断基準
下記の@に加えてA−Cの2項目以上に該当するとメタボリックシンドロームと診断する。
@腹腔内脂肪蓄積 ウエスト周囲径男性≧85cm、女性≧90cm
A血清脂質 トリグルセド値≧150mg/dL、HDLコレステロール値<40mg/dLの両方またはいずれか
B血圧 収縮期血圧≧130mmHg、拡張期血圧≧85mmHgの両方またはいずれか
C血糖値 空腹時血糖≧110mg/dL

※メタボリックシンドローム診断基準検討委員会の資料から作成
2005.4.24 日本経済新聞