第5回 よりよい眠りを考える会
市民公開講座

後援:厚生労働省、日本医師会、東京都医師会、日本産業衛生学会、日本産業ストレス学会、日本睡眠学会、健康・体力づくり事業財団、精神・神経科学振興財団、日本看護協会(順不同)
協賛・アステラス製薬株式会社、藤沢サノフィ・サンテラボ株式会社



働く世代に多くみられる生活習慣病。高血圧症、糖尿病、高脂血症などは不眠やうつ病と深い関係があることがわかってきました。

日本人の4人から5人に1人が睡眠の悩みを抱えているといわれる現代、生活習慣病の予防や治療のためにも、快適な睡眠を得ることは非常に大切な問題です。

2001年以降、3月21日をインターナショナル スリープデーとし、よりよい眠りを考える会と題する啓発活動が行われてきましたが、今年の3月21日にも『生活習慣病と眠りの深〜い関係』をテーマとした、市民公開講座が東京にて開催されました。各分野の専門の医師による5つの基調講演の内容を要約してご紹介します。


1 働く世代の実態調査から見えてきたこと
久留米大学医学部神経精神医学助教授   内村 直尚先生

生活習慣病と不眠、うつの間には深い相関関係がみられます
35歳から59歳の働く世代を対象に実施した生活習慣病と睡眠に関する調査によると、高血圧症、高脂血症、糖尿病いずれかの生活習慣病を持つ人は不眠の悩みを抱える割合が高いことがわかりました。また、複数の生活習慣病を持つ人、生活習慣病の指摘を受けながら放置している人ほど、不眠の訴えが多くみられました。。睡眠の質、昼間の眠気に対する評価においても、生活習慣病を持つ人、特に指摘を受けながら放置している人は非常に悪いという結果が得られています。

不眠はうつとも深い関係があります。生活習慣病を持つ人は抑うつ状態を認めることが多く、なかでも不眠の悩み経験を持つ人ほど抑うつ状態が高い傾向がみられます。生活習慣病になる割合は男性の方が高いものの、女性の生活習慣病患者さんの方が睡眠の質、抑うつ状態いずれも男性に比べて深刻なこともわかっています。

ところが、不眠に悩む方は約4人に1人しかその悩みを医師に伝えていません。生活習慣病で定期的に通院している人でさえ、かかりつけ医に打ち明けているのは40%で、逆に医師から「眠れていますか?」という質問を受けた患者さんの割合も約30%にとどまっています。これは、患者さんと医師の双方において、生活習慣病と不眠の相関があまり認識されていない現状を示す結果と受け止めることができます。

不眠の対処法としては、医師に相談して処方薬をもらっている人はわずか17.1%で、市販薬を飲んでいる人が7.4%、寝酒が30.5%、何もしていない人が43.1%と、ほとんどの人がきちんとした対策をとっていません。不眠に対するこれらの対処法別に昼間の眠気を比較したところ、医師の処方薬を利用している人がもっとも昼間の眠気が少ないという結果が出ました。不眠や生活習慣病を放置して抑うつ状態に陥らないためにも、早めにかかりつけ医に相談し、適切な治療を受けることが大切です。

2 高脂血症と眠りの関係
愛知医科大学睡眠医療センター教授   塩見 利明先生

血圧のコントロールは食事、運動への配慮とともに、よい睡眠をとることから
高脂血症は生活習慣病の代表的な疾患で、わが国には約3500万人の患者さんがおられます。また、高血圧症患者さんの30〜50%が不眠など、なんらかの睡眠の問題を抱えているといわれています。

睡眠は心臓病との関連も指摘されており、睡眠時間が9時間以上あるいは5時間未満になると、狭心症や心筋梗塞などの冠動脈疾患が発症しやすくなるという報告があります。あるデータでは、平均8時間睡眠の方と残業などによる睡眠不足で平均3.6時間睡眠の方の血圧および心拍数を比較したところ、睡眠不足が翌日の血圧や心拍数に悪影響を与えるという結果が得られました。また、入眠障害や中途覚醒などの不眠が高血圧症の発症率を高めることもわかっています。高血圧症の予防や治療においては、よりよい睡眠状態を保つことがいかに大切であるか、おわかりいただけると思います。現在、私たちの施設では血圧コントロールおよび生活習慣病の改善策として、@よく食べ(栄養)、Aよく動き(運動)、Bよく眠る(睡眠)を3本柱として皆さんにご提案しています。

睡眠に関するもう1つの話題として、睡眠時無呼吸症候群(SAS)があります。SASはまさに生活習慣病の重症型で、死の四重奏(上半身肥満、耐糖能異常、高トリグリセライド血症、高血圧症)またはメタボリック症候群と呼ばれる、虚血性心疾患の危険因子を合併した病気です。いびきや不眠の訴えで当施設を受診した患者さん489名を対象として睡眠に関する精密な検査においても、1時間に10秒以上の呼吸停止が30回以上みられる重症SAS患者さん201名のうち、80%に肥満、50%に高血圧症、64.7%に耐糖能異常、60%に高トリフリセライド血症を認めています。最近では、SASが妊婦さんの流産・早産の原因になる可能性も示唆されており、単にいびきや自己の病気という考え方ではなく、次世代に関わる睡眠医療として注目されています。

3 糖尿病と眠りの関係
大牟田市立総合病院内分泌代謝科診療部長   小路 眞護先生

糖尿病、不眠、うつの悪循環に陥らないために、不眠治療を行うことが大切
糖尿病と不眠にはどのような関係があるのでしょうか。糖尿病患者さんを対象に睡眠調査を実施したところ、患者さんの約38%が入眠困難や中途覚醒、早朝覚醒などの不眠症状に悩んでいるという実態が明らかになりました。これは、なんと健康な人の2倍以上になります。

糖尿病患者さんの不眠の原因としては、@不眠を呈しやすい生活環境や習慣、勤務内容によるもの、A糖尿病患者さんに合併しやすい精神や運動、呼吸の障害によるもの、B糖尿病の症状や高血糖に起因する不眠、の3つがあげられます。糖尿病患者さんに合併しやすい疾患および症状としては、うつや不安障害、糖尿病の増悪因子である肥満に伴う睡眠時無呼吸症候群、脊椎や足の関節の変形に伴う疼痛やしびれなどがあります。糖尿病による不眠は、高血糖に伴う喉の渇き・夜間頻尿や生体内反応、糖尿病神経障害による疼痛やしびれなどが考えられます。
特に糖尿病神経障害による疼痛やしびれがある場合は50%を越える患者さんに中途覚醒を認め、うち30〜40%の方は熟睡感の得られない状態が続いていることがわかりました。

しかしながら、糖尿病の初期や血糖コントロールが良好な患者さんでは不眠の訴えはそれほど強くありません。不眠は糖尿病が増悪した患者さんに多いのが特徴です。糖尿病の増悪が不眠やうつを引き起こし、うつの発症が不眠をさらにその不眠が糖尿病を増悪させるといった悪循環が生じると考えられます。。

私の勤務する病院では、糖尿病患者さんへの不眠治療により血糖コントロールが良好になり、糖尿病そのものが改善するという例を数多く経験してきました。皆さんにも糖尿病と不眠、うつの深い関係を理解していただき、糖尿病の予防や運動療法に加えて不眠治療が重要であることを知っていただきたいと思います。

4 うつと不眠の相関
秋田大学医学部精神科学教授   清水 徹男先生

眠れないならまず病医院へ−不眠はうつ病の発症に先行してあらわれます
うつ病は「心の風邪」といわれるほどよく見られる病気ですが、うつ病患者さんの約9割に不眠がみられ、不眠で病院を訪れる方の約半数はうつ病の患者さんです。不眠はうつ病の発症に先行して生じることが多く、持続する不眠はうつ病の危険因子になります。決して、不眠イコール「不眠症」という病気だけではありません。

それでは、うつ病の不眠と「不眠症」はどこが違うのでしょうか。たとえば、「不眠症」の患者さんは実際には眠れているのに眠れていないと感じる、つまり自らの不眠を過大評価する傾向がありますが、うつ病患者さんの不眠は自己評価とよく一致します。「不眠症」では入眠障害や中途覚醒がよくみられますが、うつ病では早朝覚醒が多いのも特徴です。

ところが、不眠に悩む方のほとんどが医師に相談していません。実際に不眠治療を受けている方はごく一部で大多数の方は不眠を放置しているのが現状です。眠れなくなったとき、最初から精神科にかかることはまずありませんが、うつ病は不眠だけでなく、頭痛、耳鳴り、肩凝り、便秘、下痢、冷え、ほてり、寝汗、疲労感、全身倦怠など、身体症状は何でもありの病気です。何らかの症状でかかりつけ医を受診し、検査の結果、特に何もないときこそ注意が必要です。不眠がうつ病発見のよい手がかりになることを、ぜひ覚えていただきたいと思います。
不眠やうつ病はストレスと関係が深く、ストレスによって分泌が調節される副腎皮質ホルモン系がストレス−不眠−うつ病の悪循環を形成すると考えられています。現在、使用されているベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、睡眠を改善すると同時に抗うつ剤と同様にストレスに対する副腎皮質ホルモン系反応を抑制することが知られています。睡眠治療によって質の高い睡眠を得ることがステロイドホルモン系の反応を抑えます。不眠の治療はうつ病の発症予防につながる可能性があります。

5 不眠の治療と正しい睡眠薬の使い方
久留米大学医学部神経精神医学助教授   内村 直尚先生

睡眠薬は医師の指示を守って正しく服用すれば、安心して使用頂ける薬です
不眠は生活習慣病やうつ病など、さまざまな原因によって引き起こされ、一方で不眠がうつ病や生活習慣病を増悪させることが知られています。不眠症は原因となる身体疾患や精神疾患が存在する場合は、ますそれらの治療を行うことが大切です。不眠治療がうつ病の予防や生活習慣病の改善につながります。

では、私たち日本人は眠れないとき、どのような対処をしているのでしょうか。世界10カ国で実施された睡眠調査の中から興味深いデータをご紹介しましょう。各国における不眠解消対策を比較したところ、アルコールに頼るという回答は日本が最も多い30%で、睡眠薬を使用すると答えた人は10カ国のうち下から2番目の15%でした。また、病院に行く人はわずか8%と、最も低い数値を示しています。

睡眠薬は依存性がある、飲み始めると薬の量がどんどん増えていく、認知症(痴呆)になりやすいなど、怖い薬として誤解されることが多いようです。しかし、現在使用されている睡眠薬は依存性や耐性はほとんどなく、医師の指示を守って規則正しく服用すれば、安心して使用頂ける薬です。皆さんには、不眠への対処として睡眠薬はアルコールよりはるかに安全かつ有用であることをぜひご理解いただきたいと思います。

不眠は入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、熟睡障害と大きく4つのタイプに分けられますが、睡眠薬は患者さんの不眠のタイプや診断名、年齢、全身状態、生活状況によってそれぞれ使い分けられます。睡眠薬を服用する際の注意としては、アルコールと一緒に飲まないこと、飲んだら30分以内にベッドに入ること、常用量を守り自分勝手に増量しないことが大切です。不眠が解消すると勝手に服用を中止してしまう方もおられますが、睡眠薬の減量や中止は眠ることへの自信がついてから徐々に進めるのが基本です。独自の判断で行わず、医師とよく相談するようにしましょう。

2005.5.16 日本経済新聞