無理に眠ろうとしない

寝つけないという体験は一度や二度なら誰にでもあるだろう。試験や重要な会議の前日、気がかりで寝つけない。床の中で眠ろうとすると、かえって目がさえてしまう。寝る姿勢を変えてみたり、羊の数を数えてみたりしても効果がない。明日のことを考えると「早く眠らなくては」とひとり焦る。つらいものだ。

こうした不眠は基本的には、一過性だが、運悪く気がかりなことや心配事が続くことがある。「また眠れないのではないか」「眠れなかったらどうしよう」という新たな心配事ができると事態はこじれる。夜になるたびにこの心配が頭をもたげてくる。人に言っても理解してもらえない。孤独の中、心配は増し、不眠が毎晩続くようになる。

ここまでひどくなると不眠への恐怖が慢性的な不眠を招いているといってよい。一言で言うと不眠恐怖症だ。診察室では「不眠恐怖症があなたの不眠症の本質です」と説明している。不眠で悩んできた人はなるほどといって納得してくれる。私はこの不眠恐怖症というとらえ方を久留米大学医学部名誉教授の中沢洋一博士の著書から学んだ。

寝つけない人に「体が休まるから床の中でじっとしているだけでいいです」というアドバイスもあるが、じっとしている方はつらい。暗いところに一人でいるのは孤独だ。なかなか時間が進まず、本能的な警戒心が働き、物事を悪い方向に考えてしまう。

寝つきの悪い人に対しては、不眠への恐怖を解消することが治療の第一歩だ。
認知行動療法という手法がある。寝室以外でボーッとリラックスして過ごし、本当に眠たくなるまで床に就かない。床の中で眠れなかったら苦しむ前に床を出て、また眠くなったら床に就けばいい。間違っても、何時には眠ろうなどと決めないことだ。

不眠が長く続いている人は、真正面から不眠症に立ち向かうのがつらい場合も多い。受診して相談してみるだけでも不眠への恐怖が和らぐ。医師の処方した薬を使いながら、自信を取り戻すのも良い方法だ。

(日本大学医学部精神医学講座教授  内山 真)

2007.2.4 日本経済新聞