緑茶の成分研究が進んでいる。ガン抑制効果や動脈硬化症の予防、その他生活習慣病など、その生理活性作用がにわかに注目されている。消費者の健康志向の高まりもあって、最近では飲茶ばかりでなく、緑茶は様々なシーンで用いられるようになった。通販大手のムトウでは、低価格のお茶ひき器「ムトウティーファイン」を発売、「食茶」による健康づくりを提案している。お茶にぞっこん惚(ほ)れ込んでいる同社の西田溥社長と緑茶カテキンの分析法を開発、緑茶の動脈硬化予防効果を裏付けた東北大学の宮沢陽夫教授が語り合った。



西田 緑茶の研究は米国で盛んだそうですね。

緑茶のガン抑制など米国で最先端の研究

宮沢 ええ、最先端の研究が行われています。私はボストンのタフツ大学にある栄養研究所にいたのですが、当時からガンを抑えるとか、いろいろなお茶の成分の生理活性が科学雑誌の「ネイチャー」や「サイエンス」などにどんどん発表されていました。日本では緑茶を飲む習慣が昔からあるのに、飲んだ成分がどれだけ体に入ってどういう細胞に分布していくかなどの研究はこれまでほとんどなされなかったんです。

西田 米国では紅茶を飲む習慣がありますね。実際に臨床実験もされていると聞きます。

宮沢
 それも普通の健康な人などのボランティアの協力があるんですよ。ただ紅茶の成分は緑茶と違い、体になかなか入りにくいんです。茶葉を発酵させてつくるので緑茶の成分が2個、3個重なったポリマーの状態になっている。一生懸命実験するんですが人では成分吸収があまり見られない。そこで発酵される前のお茶ということで、緑茶が注目されているんです。米国の国立ガンセンターでは、緑茶のガン抑制作用の研究を必死になってやっています。現在では臨床への応用研究の段階に入っています。

西田 静岡県は日本有数のお茶の産地ですが、なかでも中川根町に住んでいる人はガンで死亡する率が極めて低いという研究者の発表があります。実際、この町では子供からお年寄りまでよく緑茶を飲んでいる。冬にはカゼ予防にとお茶でうがいをしているそうです。

宮沢
 その疫学調査の論文は有名ですよ。いまでも国際会議などで、日本におけるガンや食生活の関連でレビューされる時によく引用されます。

西田 先生は昨年秋、緑茶の成分が動脈硬化を予防するという研究結果を発表されましたね。

渋み成分カテキン動脈硬化抑える

宮沢 お茶の成分はいろいろあるんですが、緑茶の渋み成分であるカテキンというのがこれまでよく分からなかった。というのはお茶のカテキンは他の食品成分とちょっと構造が違い、これまで特異的で高感度な分析法がありませんでした。そこでボストンから帰ってきて、東北大学で私たちのグループがその分析法を開発したんです。この分析法では、お茶を一杯飲んだ程度でヒト血中のカテキン特性を調べることができます。

西田 その分析法を使って、緑茶を飲んだときに動脈硬化を抑える効果が分かったんですね。

宮沢 そうです。血液の中に過酸化脂質とうのがあるんです。これが血中で増加すると、種々の細胞障害を起こし疾病に結びつく場合が多い。血中の脂質は、リポタンパクという粒子の形で血液の中を流れています。この酸化されたものが動脈硬化になるときの危険因子の一つなんですね。これを抑えることがすごく大事になるわけです。

西田
 緑茶カテキンとはどういうものなんですか。

宮沢 緑茶に含まれるカテキンには何種類かあります。その中でエピガロカテキン−3−ガレート(EGCg)というのは緑茶カテキンの50−60%を占め、抗酸化作用による生理活性が最も強いことが知られています。この緑茶カテキン(EGCg)を摂取した人の約80%で過酸化脂質の低下がみられ、飲用1−3時間後に最低値を観察することができます。カテキンの存在は血液の抗酸化能力を高め、これによって緑茶の飲用が動脈硬化症の進展の予防に役立っている可能性があるわけです。

西田
 反響は大きかったでしょうね。

宮沢 米国では死亡原因の高いガンのほかに心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞などの原因になる動脈硬化症の予防に非常に関心が持たれています。この研究結果を米国農学食品学雑誌に発表したら問い合わせが殺到しました。米国では緑茶の成分に非常に魅力を感じているようです。

緑茶を粉末にひき有効成分すべて摂取

西田 ふだんお茶を飲んでいて、カテキンやビタミンC、B1、B2など水溶性の成分は摂取できるんですが、βカロチン(体内でビタミンAに変わる)やビタミンE、食物繊維などの不溶性の成分は茶ガラと一緒に捨てられているんですね。これはお茶の成分の70%を占めるといわれています。実にもったいない話で、そこでこれを捨てずに100%利用すれば、もっと健康に役立つのではないかという発想で、当社が自前で開発したのが「ティーファイン」と呼ぶお茶ひき器なんです。私たちがふだん飲むお茶の葉を簡単に微粒粉末にできるんです。それも独自に開発したセラミックス臼(うす)でひくので茶葉を酸化させずに、お茶の持つ成分を無駄にすることはありません。

宮沢 飲むだけじゃなく、料理などいろいろ使えるわけですね。

西田 天ぷらの衣なんかに入れたりなど、当社の女性社員もあれこれ工夫してくれ、料理のレシピをいくつかホームページに紹介させてもらっています。お抹茶みたいになりますので、私はこれを毎朝ヨーグルトに入れて飲んでいます。私の一番の健康の秘けつは、お茶の焼酎(しょうちゅう)割りなんですよ。梅干しと粉末茶を入れた特製ドリンクです。(笑い)

宮沢 私もやってみたくなりますね。粉末状に細かくすれば成分の体内吸収率は高くなるし、食物繊維としての働きとか腸内細菌に与える影響は大きくなります。お茶をどうやって飲むかというのは、食習慣とかその地方の文化ともかかわってくることでしょうが、お話を伺い、今後こうしたお茶を食べるという食習慣が定着するかもしれないですね。

茶ガラが出ないので環境への負荷軽減

西田 お抹茶にするときは、てん茶といって薄い茶葉を使うらしいんですが、これはあまり栄養分がないそうです。ふだん使う煎茶(せんちゃ)が一番いいらしいんです。安いし手に入りやすい。
それに、この「ティーファイン」の社会的貢献という点では、環境への負荷の軽減があります。お茶を飲んだ後にゴミとして捨てられる茶ガラは、日本全国で1年間に20万トンもあるといわれています。

宮沢 そんなにありますか。

西田 この20万トン分のゴミを処分しようとしたら、大型のトラック2万台分でしょ。トラックの長さが12メートルだからざっと並べると240キロメートルです。やはりわずかな量でも生活の身近なところからゴミをできるだけ出さないことが大切ですよね。私どもの企業にとっても、かけがえのない地球環境を守っていくことは重要な使命の一つだと思っています。

宮沢 健康と環境。一挙両得ですね。

西田 お褒めいただきありがとうございます。ところで、お茶の研究はもっともっと進めてほしいですね。

緑茶の効用、研究進め世界に発信したい

宮沢 それも日本こそがやるべきだと思っています。日本にいる研究者がむしろ世界をリードするような形で進めていくべきですね。日本の研究者は若いころ、一度欧米に出てそこで修業して帰ってきますので、どうしても向こうの先生が実践したことを行いがちになります。新しい手法も向こうで開発され、それをフォローしてやっている。そうじゃなくて、私はやはり日本で独自の研究を進めたいと思っているんです。
いわゆる日本食(和食)とその食生活になくてはならない緑茶が、どれだけ日本人の生活習慣病や老人病の予防に役立っているか、欧米の食事とその成分を考えながら思いを巡らすのはとても楽しい。お茶は非常に魅力ある研究材料なんです。日本独自の食成分の一つの機能として、世界的に訴えるような、そういう研究を日本から発信したいですね。

西田 この「ティーファイン」が全国に広まるというのが私の夢なんです。国民全部が健康になってもらわなければ。先生のお話を伺い一層決意を新たにしました。きょうはどうもありがとうございました。


(2000.3.21日本経済新聞)