口の中もケア
元気のためにブラッシング
歯科治療に加え、
口の中の清掃やマッサージなどを行う「口腔(こうくう)ケア」。
高齢者の健康にとっての重要性が注目されている。
訪問歯科治療を利用するなど、
家族も参加できるケアのポイントをまとめてみた。
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「はい、口を開けて下さい。痛みなどはないですね。じゃあ、ブラッシングしますよ」。そう話しかけるのは、デンタルケア高松歯科(東京・渋谷)の高松和広院長。寝たきりの武田進司さん(84)の自宅で、訪問歯科治療をしている真っ最中だ。
続いて歯科衛生士の鈴木友美さんが歯ブラシで口腔内を丁寧にブラッシング。十分ほど磨くと、武田さんの顔に気持ちよさそうな表情が浮かんできた。「以前は口の中に炎症があって食事も苦しそうだったが、今ではせんべいも食べるほど元気になった」と娘のチヨ子さん(64)はほほえむ。
医療・福祉関係者らが、高齢者の歯や義歯の治療と口腔内の清掃、食べたり飲んだりする機能のリハビリを
家庭でできる口腔ケアの手順
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いすに座らせるなどして上半身を起き上がらせる。または横向きに寝てもらう |
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声をかけるなどして、リラックスさせる。義歯をしている場合は外す
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うがいをして食べかすを除く。うがいができない場合、水でぬらした柔らかい歯ブラシを使用 |
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奥から手前に、ある程度力を入れて磨く。歯と歯茎の間、抜けた歯の間などは念入りに。奥に入れすぎると嘔吐することもあるので注意。義歯も歯ブラシで磨く |
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歯ブラシなどで粘膜の汚れを落とす。舌の表面はコケがついていることが多い。最後にうがい薬などで口腔をふくのも良い |
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注)表情を見ながら、注意して行うこと。
すべて介助できない場合、毎食後必ずうがいするように。
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行う「口腔ケア」に注目している。栄養の摂取や呼吸など生命にかかわる機能、発語や味覚といった「生活の質」を上げるのに不可欠な機能を併せ持つ重要な器官だと、改めて認識しているからだ。
しかし口腔ケアを実践している高齢者は案外、少ない。医療経済研究機構の調査(97年)によると、要介護の状態で毎食後、何らかの口腔清掃をしている人は25%に過ぎなかった。流動食をとっていたり歯がなかったりすると、介護者が清掃は必要ないと思い込んでいるケースが多い。口腔ケアまで手が回らないという事情もある。
「これは非常に危険」。昭和大学歯学部口腔衛生学教室の向井美恵教授は指摘する。「口腔内には常に300種類以上の細菌がいる。免疫機能が衰えた高齢者が、誤って気道に飲み込むと『誤えん性肺炎』を引き起こし、死に至るケースも多い」。歯を失っていても細菌はいる。
自宅での介護者によるケアと、歯科医らによる専門的なケアを併用するのが効果的だ。まず歯科医の診察を受け「口腔ケアプラン」をたててもらうのが良い。マヒがあるかなどの確認、義歯の作成といった診療所での治療のほか家庭における日常的なケアの方法などを決める。
自宅で受診も可能 診療所まで足を運ぶのが難しければ、「訪問歯科医療」を利用する手がある。義歯の調整や虫歯の治療、歯科衛生士による口腔の清掃など、通院とほぼ同じ診療が自宅で受けられる。通常の診療費と同額。最寄りの歯科医師会か保健所に問い合わせると、医師を紹介してもらえる。
寝たきりの場合は歯茎がやせ、入れ歯が合わなくなっていることが多い。「入れ歯をなおしてかみ合わせが良くなると顔の表情が変わり、だ液の量も増えて食事がスムーズに食べられるようになる」(高松院長)
口腔ケアは口臭など不快感を除くのはもちろん、生活の張りにつながる効果もある。
東京都大田区内の6つの特別養護老人ホームでは昨年から、「食べ方トレーニング」を実施して生活の質の向上を目指している。
歯科医が施設に入り、栄養士や看護婦らと高齢者の食事風景を見て「義歯が機能しているか」などを判断、歯の治療から食事の姿勢までを改善する。携わっている大田区大森歯科医師会の細野純理事は「“食”という生きる喜びが生まれる」と話す。
こうしたケアに加え、家庭での介助者ができるのが口腔清掃。専門家にそのポイントを聞いてみた。
最も注意が必要なのは誤って水などが気管に入ったりする危険性で、上半身を起こすなどして予防する。手のリハビリにもなるので高齢者自身がブラッシングするのが基本だ。
歯茎の炎症などで出血すると、内服薬の影響で血がとまりにくいこともあるので注意する。なるべく毛先が柔らかいブラシを使い、それでも痛がる時は割りばしの先や指先にガーゼを巻いて代用する。介護や高齢者向けとするブラシも市販されている。指で唇を広げて口腔全体をブラッシングする。
かみ合わせが良くなると脳への刺激が増え、痴ほうになりにくいとの研究発表もあり、「口腔ケアは全身の健康と心の介助になる」(医療法人社団聖和会の浦口昌秀理事長)。訪問歯科診療には介護保険も適用され、全体の介護サービス計画に組み込むこともできる。近所にかかりつけの歯科医を見つけ、相談してみるのが先決だろう。