社会人は「公私混同」を

生活者の心 仕事に生かす

――社会人や企業人に「公私混同」をすすめているとうかがいました。

「生活者主導の時代を迎えています。映画も観(み)ない、洋服にも興味がない、休暇の楽しさもわからないという人が作る商品は、安全確実かもしれないが、大きなヒットは期待できない。消費する側の自分を目覚めさせ、『私』で蓄えたことを『公』である仕事に役立てるべきです」

「うちの事務所では日ごろから、勤務時間中に映画を観に行ってもいいと言っています。もちろん仕事にまったく関係ない映画でもいい。映画は『私』のひとつにすぎませんが、想像力を育ててくれるし、心が満たされる。そんな楽しみを知っている人でないと、人の心を打つような商品は生み出せない。自分なりの考えも持てないと思います」

――でもそれは特殊な職場だからなのでは?

「どんな職種にしても同じです。誰でもできると思う仕事でも誰がやるかによって違ってくる。スーパーのレジうちでも自然に出た笑顔でないと、お商売の笑顔ね、とお客さんから見破られてしまう。時間給だけで考えるとしっぺ返しがきます」

「原点に立ち返るべきです。昔は建具屋さんに建具を頼むと、ついでに棚もつくってくれました。人の役に立つのが働くということ。文字のない時代から、仕事にはそうした心がありました。商いをして得をする、それが仕事だという歴史の方が浅いのです」

――効率を追求した結果、その一方で見失ったものが多いということですね。

「最近目的意識に合わせたことしかできない人が多すぎます。何かの役に立つことなど、せいぜい人生の何分の一あるかないか。役に立たないことの方が多いのです。ところが、それがまた役に立ったりする。先月末、事務所の社員に向けて、うるう年の2月29日はおまけの日、今日はさぼっていつもできないことをやりなさいとメールを出しました」

「ひとつひとつの商品に、人の感情を動かすようなアイデアや創造的な要素が求められるようになってきました。サービスも営業も同じこと。かつて我が家を訪れた営業マンの方が、私の愛犬を心の底から褒めて抱き上げたことがあり、その姿を見てつい契約をしてしまいました。これからは、『私』のいい成分をもって全人的に仕事をしないと、人の心をうつ仕事はできない。『私』のない『公』もなければ、『公』のない『私』もない。だからこそ『私』を『公』に役立てる公私混同が必要なのです」

もうひと言
普通の暮らしがわかる社員を増やさないと、会社は変わらない
聞き手から

「私」の思いが感じられない商品やサービスには、もはや心が動かされない。そんな心の時代を迎えたいま、上司に求められるのは「ユーモアや微笑」だと糸井氏は言う。いかに管理監督するかではなく、部下が心を育(はぐく)む時間をどう確保するか。管理職も発想を切り替える必要がありそうだ。

コピーライター   糸井 重里氏
いとい・しげさと 48年生まれ。法政大学中退。71年コピーライターとしてデビュー。98年より毎日更新のウェブ新聞『ほぼ日刊イトイ新聞』を立ち上げる。ここから生まれた就職論『はたらきたい。』を出版。

   (編集委員 野村浩子)



2008.3.24 記事提供 日経新聞社