生活習慣病 睡眠が効く

体の調節機構 守る働き
糖尿病・肥満・高血圧…

糖尿病や高血圧など、中高年にとって気になる生活習慣病の対策は十分な睡眠から――。生活習慣病の予防や治療に、睡眠が大きく役立つ可能性があることが明らかになってきた。夜型の生活を見直すのが一番だが、難しい場合は睡眠薬の上手な利用も効果があるという。

大分県中津市の前田ハヤ子さん(77)は糖尿病の治療を続けてきた。時折、血圧が高くなることもあったが、自覚症状はなく水泳にウオーキングにと元気な毎日を送っていた。しかし数年前に疲れやすく、運動するのがつらくなってきたため、かかりつけの小路内科医院に相談した。

小路眞護院長が詳しく聞いたところ、前田さんは夜なかなか寝つけないことが判明。軽いうつ病による不眠が体調不良の根底にあると診断し、睡眠薬と抗うつ薬を処方した。「おかげで朝までぐっすり眠れるようになりました」と前田さん。

半年後、前田さんの血糖値の指標となるヘモグロビンA1cははっきりと改善し、安定した。時折170近くに上がっていた血圧も正常に。前田さんは「スポーツするのが楽になりました」と笑顔を見せる。

治療プラス予防

小路院長は糖尿病の専門医だ。大学病院にいた時、糖尿病患者の多くが眠れないと感じていることに気づいた。実際に調査したところ、6割も不眠を感じていた。

不眠の患者34人について不眠治療と糖尿病との関係を調べたところ、睡眠薬を処方したグループは処方しなかったグループに比べて明らかにヘモグロビン値が改善した。改善した人の多くは、それまでの治療で効果が上がりにくかった重度の患者だった。「血糖のコントロールがうまくいかない人の中には、不眠を治せば良くなる人が相当いるはず」と小路院長は指摘する。

十分な睡眠は生活習慣病の治療だけでなく、予防にも効果がある。日本大学の兼板佳孝准教授らは40代中心の約2万2千人の男性を対象に、1999年と2006年の2度、睡眠時間などの生活習慣と体重や血糖値などを調べた。その結果、2度の調査でいずれも5時間未満しか寝ていなかった人は、5時間以上寝ていた人に比べて1.36倍肥満になりやすく1.27倍高血糖を発症しやすかった。

夜更かしをする人は夜食をとりがちで、肥満や高血糖になりやすい。だが夜食を我慢しても、危険がなくなるわけではない。体内の調節機構そのものが、睡眠不足の影響を受けるからだ。

6日間続けて4時間睡眠を続けると、健康な人でも体内で分泌されるインスリンに反応しにくくなり、血糖値が上昇することが分かっている。また一晩徹夜しただけで、血圧も約10上昇するという。

食事療法も、睡眠不足ではうまくいかない。米シカゴ大学が健康な男性で調べたところ、4時間睡眠が2日続くと食欲を抑制するホルモンの血中濃度が低下し、逆に食欲を起こすホルモンが上昇した。睡眠不足だと空腹感が強くなるのだ。

不眠の解消には生活習慣の見直しがカギになる。@寝る前4時間はお茶やコーヒーを飲まず1時間は喫煙しない。

A毎日同じ時刻に起きるB規則正しい3度の食事と運動の習慣をつけるC眠りが浅いときにはむしろ遅寝早起きして短時間でもぐっすり寝る――などが効果がある。

寝酒は逆効果

だが、仕事やつきあいに忙しい現代人には生活改善は容易ではない。久留米大学の内村直尚教授は「若いときはどんな生活をしていても眠れるが、中年以降は正しい生活をしないと眠れなくなる。生活が変えられない場合は上手に睡眠薬を利用して」と呼びかける。

不眠の国際比較調査によると、日本では不眠を感じても医師に相談せず寝酒に頼る人が多い。だが寝酒は眠りを浅くして逆効果だ。利用者が増えている市販の睡眠薬も続けると依存症になりやすく「一過性ストレスによる不眠には良いが常用は避けるべきだ」と内村教授は指摘する。医師が適切に処方する薬なら、長期間飲んでも依存症の恐れはないという。
(古田 彩)

睡眠不足が生活習慣病を招く5つの理由

・血糖を下げるインスリンに体が反応しにくくなり、高血糖になりやすい
・血圧を下げる副交感神経が働きにくく、高血圧になりやすい
・食欲を抑えるホルモンの血中濃度が下がり食欲を増すホルモンが上がるので、空腹感が増す
・夕食後に長時間起きているので、つい夜食を食べてしまう
・日中も疲れやすく、運動する意欲が下がる

ひとくちガイド
《ホームページ》
◆不眠治療の専門医を探すには認定医の一覧がある
日本睡眠学会(http://jssr.jp/
《本》
◆不眠への対処法を詳しく知るには医療者向けだが巻末付録がわかりやすい
「睡眠障害の対応と治療ガイドライン」(内山真ら、じほう)




2008.4.20 記事提供 日経新聞社