現在、世界的に新型インフルエンザが猛威をふるっているが、日本では冬を迎え、季節型インフルエンザの流行も予想される。このような状況では、医師の診断プロセスがインフルエンザに偏りがちとなり、場合によっては「インフルエンザの迅速検査の結果、陰性だったから安心」という間違った状況に陥りかねない。 
                 今回は「のどの痛みと発熱」というごくありふれた架空の主訴の症例を通して、「日常診療の中に紛れ込む、見落とすと危険な症例」について解説したい。 
                ●「20代男性、既往歴無し。のどの痛みと発熱」で受診  
                 年明け早々、正月休みで混み合う救急外来を1人の男性が受診してきた。3日前から咽頭痛と発熱が出現し、徐々に増悪傾向にあったため、昨日になって近所の診療所を受診したという。その診療所では、インフルエンザ迅速抗原検査が行われたが、結果は陰性であった。結局、「感冒」と診断されて総合感冒薬が処方されたが、それでも熱が下がらなかったため、本日の受診となった。 
                 [症例]20歳代の男性 
                  [主訴]発熱、咽頭痛 
                  [既往歴]特記すべき事項なし、アレルギーなし 
                  [生活歴]タバコは15本/日程度、アルコールは機会飲酒程度、ペット飼育なし、Sick contactなし 
                  [Review of systems]頭痛なし/鼻水あり/咳がたまに出る/下痢など消化器症状なし 
                  [初診時身体所見]BP:110/60 HR:105 BT:38.5度 RR:記載なし 
                  眼球・眼瞼結膜:充血、貧血、黄染なし 
                  口腔内:右口蓋扁桃の腫大、白苔あり 
                  頚部:右前頚部にリンパ節腫大あり 
                  胸部:心雑音なし、Cracklesなどなし 
                  その他:皮疹なし 
                 上記の情報から、救急外来の診療医は「咽頭炎」と判断。A群溶連菌の迅速検査を行ったが「陰性」であったため、ウイルス性の疑いが強いとして「NSAIDs」を投与して帰宅させた。 
                ●症状が悪化する男性  
                しかし、その男性は前回の救急外来受診から6日後、「まだ咽頭痛と発熱が続く」と感染症科外来を受診した。前回受診後に、近所の診療所を再受診していたが、やはり「感冒」と診断されていた。この間に、咳が少し増えて、膿性痰が出てきている。また咽頭痛が強くなり、嚥下もつらくなってきたという。 
                 
                [再診時身体所見]BP:120/60 HR:95 BT:37.5度 RR:14回/分 意識清明、頭痛なし、項部硬直なし 
                  眼球・眼瞼結膜:充血、貧血、黄染なし、点状出血などなし 
                  口腔内:右口蓋扁桃の腫大あり、白苔なし、アフタなし 
                  頚部:右前頚部に腫張、圧痛あり 
                  胸部:心雑音なし、Cracklesなどなし 
                その他:皮疹なし 
                 さて、ここまでの流れから考えて、診断のためにどのような病歴や追加情報が必要でしょうか?  また、初期評価のために何をしたらよいですか? 
                 ここまでをまとめると、「患者は特に既往歴のない20歳代の男性で、発熱や咽頭痛が9日間ほど続いているほか、膿性痰を伴った咳がある。身体所見としては右扁桃腫大と、右前頚部の腫脹・圧痛以外に、はっきりした所見はない」ということになる。 
                ●「咽頭痛+発熱=感冒」は正しい判断?  
                 正月休みで混み合う救急外来。救急車も次から次にやってくる中で、若くて健康そうな男性が「喉が痛くて、熱が出るんです」と受診してきても、診察に十分な時間をかけられず、詳細に病歴や身体所見を取ることはなかなか難しい。特に今回のケースでは、初診時に特異的な所見もなかった。 
                 しかしながら、「9日間も続いている」という情報が加われば、誰しも「なぜ?」と思うだろう。そこで、患者背景の確認と、詳細な身体診察を行った。 
                 [追加問診項目]  
                  渡航歴:なし 
                  性交渉歴:独身。月に1回ほど性風俗店に通う、最後に通ったのは年末 
                  屋外での活動:なし 
                  仕事:都内の車の整備工 
                薬剤:初診時以降は、処方されたNSAIDsしか内服していない 
                 [追加身体所見]  
                  頭部:副鼻腔(前頭部、頬部)の圧痛なし 
                  口腔内:う歯なし、Koplik斑なし 
                  頸部:甲状腺腫大なし、腫脹の部位は右胸鎖乳突筋周囲で圧痛が非常に強い。痛みのため大きく開口することができない 
                  胸部:深く吸気させると、少し右胸が痛い 
                  腹部:軟、圧痛なし 
                  背部:CVA叩打痛なし、脊柱の叩打痛なし 
                  四肢:浮腫なし、関節の腫脹・発赤なし、手指に出血斑などなし 
                  直腸診:前立腺圧痛なし 
                  リンパ節:後頸部、腋窩、鼠径リンパ節の有意な腫脹なし 
                 以上の情報から、「咽頭痛(もしくは頸部痛)+発熱」に注目して鑑別診断を行った。 
                 [鑑別疾患]  
                  <ウイルス性> 
                  かぜウイルスグループ:ライノウイルス、アデノウイルス 
                  その他:HIV、サイトメガロウイルス(CMV)、EBウイルス(EBV) 
                  <細菌性> 
                  咽頭炎:連鎖球菌(主にA群β溶血性連鎖球菌 Streptococcus pyogenes), ジフテリア、マイコプラズマ、クラミジア、淋菌 
                  頚部感染症:扁桃周囲膿瘍、Ludwigアンギーナ、Lemierre症候群 
                  その他:リケッチア、リンパ節結核、トキソプラズマ(原虫) 
                  <非感染性> 
                  悪性疾患:悪性リンパ腫 
                  膠原病:Still病、血管炎 
                  その他:亜急性甲状腺炎、サルコイドーシス、薬剤熱 
                 ※詳細な鑑別診断については「レジデントのための感染症診療マニュアル(医学書院 青木 眞著)」などをご参照ください。 
                  鑑別疾患について見ていくと、比較的長期に症状が持続していることから、いわゆる感冒(ウイルス性)に関しては可能性が低い。また、膠原病を疑うには、身体所見に乏しい。 
                 考えられるのは、患者が性風俗店に通う20代男性だということで、HIVをはじめ、EBV、CMVなどは十分に考えられた。ただ、右前頸部の腫脹が強いことを考慮すると、頸部感染症が最も強く疑われた。また、悪性リンパ腫については感冒様症状が続くといって受診することがあるため、リンパ節腫脹を伴う発熱の場合には鑑別が必要である。 
                 亜急性甲状腺炎はまれな病気ではなく、甲状腺の痛みが弱いものなどもありチェックは必要である。今回の経過からは薬剤熱の可能性は低いが、医原性の疾患は見逃すと手痛い目にあう。以上より、初期検査として次の項目を行った。 
                 [検査した項目]  
                  ・血算、生化学(肝酵素、腎機能、ビリルビン、電解質など)  
                  ・ウイルス抗体検査:HIV、EBV、CMV  
                  ・甲状腺:TSH  
                  ・培養:血液2セット、咽頭スワブ、喀痰 
                  ・胸部レントゲン 
                ・頸部エコー 
                 [検査結果] 
                  ・血液検査所見 
                白血球13300(Neut 83%、Lymph 8%、Eo 1.0%、 Baso 0.1%)、Hb 14.0、Hct 39.5、血小板 5.3万、AST 35、ALT 49、LD 230、ALP 685、T-Bil 1.4、BUN 45、Cre 2.2、Na 135、K 4.5、Cl 101、血糖 94、CRP 22.5、 Dダイマー3.4 
                 
                  
                 
                ・胸部X線 
                 
                  
                 
                ・頸部血管エコー(右前頚部) 
                 
                  
                 
                ・頸部血管エコー(右前頸部) 
                 胸部X線で両側肺に多発する結節影を、また頸部血管エコーでは内頸静脈の血栓性閉塞を認めた。さて、これらの結果を踏まえて診断は?マネジメントはどうしますか? 
                 ●診断:Lemierre症候群  
                 Lemierre症候群だと診断し、アンピシリン/スルバクタムによる治療を開始した。3日後に血液培養からFusobacterium necrophorum が検出されたため、ペニシリンG+クリンダマイシンに変更し、4週間の治療を行った。咽頭スワブ、喀痰培養は陰性で、各種ウイルス抗体検査も陰性だった。 
                 解熱までには約1週間を要したものの、患者は順調に回復。肺野の結節影はほとんど消失したが、退院直前の頸部エコーでは内頸静脈は閉塞したままであった。約1カ月間の治療後に退院となり、以降再発は認めていない。入院後に撮影したCT画像を下に示す。 
                   
                    
                   
                  頚部造影CT 
                   
                    
                   
                胸部CT 
                 Lemierre症候群は比較的古くから知られている疾患であり、1936年にLemierreにより詳細な報告がなされた。咽頭感染症から、副咽頭間隙、頸動脈鞘に感染が波及し、血栓性静脈炎を引き起こす特徴を持つ。また、感染性血栓は血流に乗って、肺などで感染性塞栓(Septic emboli)を引き起こす。 
                 起炎菌のほとんど(90%以上)はFusobacterium 属であり、その他にPeptostreptococcusやBacteroidesなども起炎菌となり得る。若年健常者に見られることが多く、本症例のように胸鎖乳突筋に沿った圧痛や腫脹に加えて、肺野に多発する結節影を示すのが典型的だ。 
                 このLemierre症候群は頸部症状がなく、血液培養でFusobacterium 属が培養されて、そこで初めて診断されることも多い。治療は抗菌薬投与が中心で、スルバクタム/アンピシリンやペニシリンG+クリンダマイシンを4週間〜6週間前後使うのが一般的だ。膿瘍に対しては外科的処置(ドレナージ)が必要になることがある。また、抗凝固薬の使用には議論があるが、通常は使用しない。頭蓋内にまで炎症が波及したり、動脈破裂を引き起こしたりすることがあり、死亡率は17%にも上る。 
                 日常診療で見逃さないためには?  
                 さて、日常診療でこういった深刻な感染症を見逃さないためには、どのような点に注意が必要だろうか。まず患者の基礎疾患として、直近に抗腫瘍薬を使用している場合や様々な免疫抑制性疾患、糖尿病を持つ場合は要注意だ。また、本症例では開口障害(trismus)を認めた。開口障害は咀嚼筋群への炎症の波及を示唆する所見であり、深頸部感染症を疑う重要な所見の一つだ。 
                 その他に注意すべき臨床症状としては、「流涎(drooling)」「呼吸困難」「くぐもった声(muffled voice)」「項部硬直」「頸部の発赤」などがある。これらの症状が見られる場合は本症例のようなLemierre症候群をはじめとして急性喉頭蓋炎、扁桃周囲膿瘍、傍咽頭腔感染、後咽頭腔感染やLudwig’s anginaなどの疾患を考える必要がある。 
                 インフルエンザの流行がますます本格化する中、紛れ込むこういった重篤な深頸部感染症を見逃すことのないようにしたい。 
                 参考文献  
                  1.Sandra J, Bliss M.D., Scott A, et al. CLINICAL PROBLEM-SOLVING: A Pain  in the Neck. N Engl L Med.2004; 350:1037-42(本例とよく似た経過のLemierre症候群のケースが題材になったCLINICAL  PROBLEM-SOLVINGです) 
                  2.Hagelskjaer Kristensen L, Prag J. Human necrobacillosis, with emphasis  on Lemierre’s syndrome. Clin Infect  Dis 2000; 31: 524-32 (Lemierre症候群に関してよくまとまったReviewです) 
                  3.具芳明. 深頸部感染症のマネジメント;市中感染症診療の考え方と進め方(IDATENが編集。頚部感染症を解剖学的な観点からまとめており、一般診療医が押さえておくべき点を分かりやすく説明されています) 
                4.Tierney LM Jr, Henderson MC. The Patient History: Evidence-Based  Approach. McGrawHill 2005. (頸部感染症診療の際に注意すべき病歴について簡潔にまとめています)                  |