しつけのナゾ


幼少期に、心を健やかに育てることが、とても大切だ。心は脳の活動なので、脳をうまく育てることが必要となる。

ここで忘れてならないのは、脳は肝臓や心臓と同じような「臓器」ということである。臓器が健全に育つには、適切な栄養が欠かせない。とくに幼少期のころの栄養は、脳の発育、従って、知能に代表される心の発育にとても重要なのである。

幼児期に栄養不良で育った子どもと、普通の栄養を取って育った子どもで、脳内のデオキシリボ核酸(DNA)の量を比較したデータがある。DNAは遺伝子の本体で、この量が多ければ遺伝子も多く発現し、脳内での神経回路は豊かに育つ。

このデータでは、栄養不良で育つと脳内DNAが非常に不足することが示された。普通の栄養状態に比べ、DNA量が半分しかない子どももいたのである。これは、栄養不良では、脳の神経回路がうまく育たないことを示す代表的なデータである。

神経回路があまり育たなくても心の発育に関係ないとすれば、これは大したものではない。しかし、実際には大きく影響する。栄養不良の子どもの知能指数(IQ)を測った研究があり、驚くべきことに、そのすべてでIQは100以下だったのである。

知能指数は普通、100を頂点とした分布を示す。実際、普通の栄養で育った子どもを調べると、110とか120などの値を示す。IQにも色々あるが、とくに重要なのは「一般的IQ」である。このIQは、社会的成功と密接に関係している。一般的IQが低いほど、犯罪などの社会的リスクを強く負うようになってしまう。

IQが低くても構わないという意見もあるかもしれない。多少低くても、きちんとした人間になればよいのでは、という意見に私も賛成である。ところが、栄養不良で育った場合、すべてが100以下なのである。これはあなどれないデータである。

幼児期での栄養不良は、神経回路の未発達のみならず、成人してからの社会的成功にまで影響を及ぼしてしまう可能性があるわけだ。栄養不良はおろそかにできない。

栄養不良なんて特殊な状況下での話で、現代日本には関係ないのではないか、という声も聞こえてきそうだ。だが、ここでいう栄養不良とは「栄養失調」とは違う。脳の発育にとって必要な栄養素を適切に取っていない、というのが栄養不良である。食事に偏りがあるだけで、飽食日本でも栄養不良になりかねない。

では、どんなものを食べればよいのか――。ここで簡単に紹介すると、「まごはやさしい」が基本である。つまり、ま=豆類、ご=ごま類、は=ワカメなどの海藻類、や=野菜、さ=魚、し=しいたけなどのキノコ類、そして、い=イモ類、である。

これらの食べ物をバランスよく取ることで、脳にとって必要な栄養を過不足なく得られる。脳内DNAが不足することもないし、神経経路もきちんと育つ。

栄養というのは、つい軽視しがちである。しかし、とくに幼少期のころに十分注意しないと、脳はうまく発育せず、ひいては「社会的リスク」を負うまでになりかねないことを強調しておきたい。
(北海道大学教授 沢口 俊之)

(2001.5.20 日本経済新聞)