生き生き老後を海外に学ぶ

いきいき老後へ 「生活の質」維持
米国に学ぶ高齢者のQOL

 ◇老い支度--自分の終末期医療あらかじめ決定を

 漠然と老後に対して不安を抱いている人が多いのではないだろうか。私たちは、十分に準備をする暇もないうちに、高齢社会に突入してしまった。第二次世界大戦直後の1947年、日本人の平均寿命は、男性50・06歳、女性53・96歳だった。人生90年の時代を誰が予想していただろうか。自分を知り、地域を知り、介護保険、成年後見制度、日常生活自立支援事業の公的支援制度を使いこなせれば、老後の心配はないとの意見もあるが、42万人もの病弱な高齢者が、特別養護老人ホームの入居を希望して、待機しているという事実がある。どうすれば、私たちは幸せな老後を迎えることができるのだろうか。

 米国には、高齢者が芸術に親しみ、自らも表現者になることによって、生き生きとした老後を過ごそうという運動がある。ESTA(Elders Share the Arts)といわれ、約30年の歴史がある。ニューヨークで開かれた絵画展を訪れたことがある。平均年齢が75歳を超えていると思われる画家たちの目が輝いていた。展覧会とあわせて開かれた報告会では、「今が人生のゴールデンタイムですか」との質問に、100人近い参加者の約80%が「イエス」と答えた。元気で前向きに生きる高齢者が多いことを、あらためて知らされた。

 生活が不自由になるまでは、独立して生活をし、援助が必要になると、子どもや兄弟、あるいは友人と同居するというのが、一般的な米国人の老後の過ごし方だ。全米では、現在、看護が必要な約180万人がナーシングホームと呼ばれる、必要な治療を受けることができる老人施設に入居している。また65歳以上の5-8%、約200万人が、在宅で、介護を受けながら暮らしているといわれる。

 健やかに老いることを願っても、加齢に伴う病気からは逃げることはできない。ニューヨーク市老人局の発表によると、米国では、65歳を超えると10人に1人、85歳を超えると2人に1人が認知症にかかる。現在の患者数は450万人といわれ、その70%が在宅で治療・看護を受けている。老人局では、たとえ認知症になっても、QOL(生活の質)の高い生活を維持するための老い支度の必要性を訴えている。

 長生きをすれば、誰もが認知症にかかり、将来意思表示ができなくなる可能性がある。備えとして、医療行為に対する代理人の選定、尊厳死の宣言と訳されるリビング・ウイルの用意、DNR(Do not resuscitate 治癒が期待できなくなった時の蘇生治療の拒否)に関しての意思表示をしておくことが必要であるという。

 さらに葬儀や埋葬法の希望を述べておくことも重要という。遺言を書き、法的トラブルや経済問題で禍根を残さないようにするためのアドバイスもしている。すべての米国人が、このような準備ができているわけではないだろうが、ナーシングホームに入居する際には、代理人を決め、リビング・ウイル、DNRに関する意思表示が必要となる。

 これに対し日本人は、不確定なことに対して、あらかじめ想定をして決めておくことが得意ではない。自分の死や死後について準備をしておくことは、縁起でもないと思う人もまだ多い。しかし決定を先延ばしにしたまま、何も決めずに臨終を迎え、それが残された家族の争いの原因になることも珍しくはない。

 既に介護保険、成年後見制度、日常生活自立支援事業がスタートしている。自分のことを知り、地域を知り、これらの公的制度を上手に利用すれば、老後の心配は解消されるという意見書を、NPO法人いきいきフォーラム2010が発表しているが、自分のことを知ることに対して、あまりにもおざなりになっているのではないだろうか。人生50年の時代には認知症、介護について心配をする必要がなかった。日本は世界一の長寿国となり、人生90年の時代となった。誰もが認知症など老年症候群にかかり、介護を受け、医療の世話になり、死を迎える。米国で推奨されているように、一人一人が自分の終末期医療のあり方と死後について、準備をしておかなければならない。それは生活のマナーであり、究極のQOL対策ともいえる。【岩石隆光】

 ◇良質なサービスや商品提供、厳格基準クリアした企業に

 高齢者が安心して健康に暮らすことができるよう、良質なサービスや商品を提供している事業所(営業所)に対して、シルバーマークが交付される。社団法人シルバーサービス振興会が、89年よりスタートさせた制度で、利用者が事業所を選択する目安となっている。安全性、倫理性、快適性の観点から審査され、介護保険の指定基準を上回る認定基準をクリアしなければ、交付されない。

 審査は、シルバーサービス振興会が、まず実地調査を行う。その結果に基づき、消費者団体の代表、福祉・医療の専門家、学識経験者などからなるシルバーマーク基準認定委員会が最終審査を行い、認定される。認定時期は年3回(2月、6月、10月)で、有効期間は2年間である。

 現在、対象となっている在宅サービスは、訪問介護、訪問入浴介護、福祉用具貸与、福祉用具販売、在宅配食サービスの5種類だが、シルバーサービスの広がりとともに、マークの種類を順次増やしていく予定である。

 ◆商品開発の視点----花王

 ◇楽しい外出には紙パンツ 「最適な選択」を

 私たちは、加齢に伴う身体の変化をさまざまな形で気づかされる。視力、聴力が衰える。トイレの回数が増えたり、失敗する場合もある。これら高齢者特有の不具合は、老年症候群と呼ばれ高齢者のQOLを落とす原因ともいわれる。中でも軽い尿漏れは、65歳以上の高齢女性の約30%が、1カ月に1回は経験しているといわれる。いつ起こすかわからない。においも気になる。トイレの不安があると、友人との楽しい買い物や食事を控えたり、地域とのつながりも消極的になる。体を動かす機会が減り、運動不足で足腰が弱くなる。その結果、運動機能、生活機能の低下が一気に進むといわれている。それを防ぎ、前向きな気持ちを持ち続けるためには、オムツを上手に活用することだ。花王サニタリー研究所では、高齢者研究に基づく排せつケア商品を通して、高齢者の生活支援となるさまざまな研究開発が行われている。

  「リリーフ超うす型お出かけパンツ」は、下着のようにはけて、はき心地は木綿のようだ。ズボンも膨らまないから、他人の目が気にならない。今までどおりの外出が楽しめる。それでも、おしっこ2回分をしっかり吸収してくれる。銀含有の抗菌消臭成分が、雑菌の繁殖を抑え、においも防いでくれる。

 パンツ型オムツをはく時には、身体能力の低下が見られない高齢者であっても、重心の動揺が大きい。転倒を防止するため、伸縮性のある繊維ではきやすさを追求、片手で引き上げるだけで装着できる。脳卒中の後遺症から片マヒになってしまった高齢者も、自分ではくことができる。また、排せつ機能の低下がさらに進んだ人には、パンツ型オムツにミシン目が付けられ、必要に応じて、寝たままでも交換できるテープ式になるタイプも開発されている。これらのオムツは、花王の介護サポートセンターに寄せられた紙オムツに対する悩みや意見に応えるようにして生まれたものだ。商品の発売後には、「安心して旅行に行けた」など多くの喜びの声が寄せられているという。

 高齢者の排せつ機能の改善に対して、サニタリー研究所では、前東京都老人総合研究所副所長の鈴木隆雄氏(現国立長寿医療センター研究所所長)らと新たな共同研究をスタートしている。約40度の心地よい蒸気温熱で、おなかの周りを温めることによって、尿漏れ、頻尿を改善しようというもので、その有効性は、既に明らかにされている。月に1回以上尿失禁に悩まされている女性を、骨盤底筋を鍛える運動を行い腰部を昼間1日5時間温めたグループと、何もしないグループに分け、3カ月後に比較したところ、前者で、尿失禁、排尿回数の改善が認められ、同時にQOLも向上した。

 高齢者それぞれの状態に合わせた商品選択と上手な活用が今後ますます重要になってくる。


2010.2.27 記事提供:毎日新聞社